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白とグレーの表紙

書籍名

福祉国家の歴史社会学 19世紀ドイツにおける社会・連帯・補完性

著者名

坂井 晃介

判型など

336ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年2月

ISBN コード

978-4-326-60335-0

出版社

勁草書房

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福祉国家の歴史社会学

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様々な社会保障政策を一手に担う「福祉国家」は、我々にとって必要不可欠な生活基盤となっています。しかし歴史的にみれば、福祉国家は様々な理念的転換によってはじめて成立したものです。本書は、こうした理念的転換の過程を、19世紀後半のドイツを事例として明らかにしたものです。
 
ドイツ福祉国家 (社会国家) の契機となったのは世界的にも最初期に考案された労働者社会保険です。そこで本書では、社会保険の形成に関わってきた、19世紀以後発見されていく人々の相互的なつながりを指す「社会的なもの」(the social) の理念を考察しました。
 
第I部ではまず、本書の理論的立場と方法について論じました。従来こうした理念についての研究は、さまざまな思想家のテクストを分析することで進められてきました。それに対して本書では、政策形成の現場でいかに思想家たちの議論が積極的・消極的に参照されたのかを明らかにする分析モデルを導入しました。特に、社会学分野で重要視されつつその意義が明確でなかったニクラス・ルーマンの機能分化論を経験的に検証可能な命題として位置付け、それを踏まえた福祉国家的理念の分析アプローチ (意味論分析) を提案しました。このように、抽象的な一般理論としてみなされてきた理論を、経験的に検証可能な「中範囲の理論」として修正した点に本書の第1の特徴があります。
 
第II部では、学術と政治という2つの制度領域における「社会」(Gesellschaft) の意味と社会保険制度との形成過程の関係を考察しました。この語は従来、「社会問題」が生じる領域としての学術的な意味づけが重要視されてきましたが、同時代の政治領域では、本来秩序だっているが運動や宗教によって撹乱されているものとして見出されていきます。本書の第2の特徴は、このように学術と政治が相互に観察し合いながら、諸制度に解決をせまる新たな課題を出現させる領域として、「社会」が発見されていったことを実証的に示した点です。
 
第III部では、これまで労働運動の闘争理念としてみなされてきた「連帯」(Solidarität)、カトリシズムの倫理概念としてみなされてきた「補完性」(Subsidiarität) の統治実践における意義を明らかにしました。政策担当者はこれらを、労働運動や宗教的教義としての意味を踏まえながら新しく定義し直し、社会保険立法の正当化に活用していきました。この2つは、今日再編の最中にある現代福祉国家にとっても重要な理念です。本書の第3の特徴は、こうした古くて新しい理念の意義を、歴史社会学的に追尾していったという点です。
 
以上のように本書は、既存の歴史研究の成果を活かしつつ、それを独自の理論モデルによって再記述した、ドイツ社会国家の理念に関する歴史社会学的研究です。こうした研究アプローチはいまだ萌芽的段階にありますが、本書が起点となり、他分野との協同を通じて、福祉国家の歴史的形成に関する多国間比較や現代的課題への応答など、より豊穣な成果が生み出されていくことを願っています。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 助教 坂井 晃介 / 2021)

本の目次

序 章 統治実践をめぐる「社会的なもの」の探求
 0.1 「社会的なもの」の現代的再編
 0.2 ドイツ社会保険制度からみた「社会的なもの」の制度化
 0.3 「社会的なもの」の歴史社会学
 0.4 本書の構成

第I部 福祉国家の意味論分析

第1章 問題関心と先行研究
 1.1 労働者社会保険立法の構成
 1.2 制度的成果局面への着目
 1.3 理念的側面への着目
 1.4 中範囲の理論の導入とルーマンの意味論
 1.5 社会国家の意味論と機能分化社会の経験的探求
 1.6 福祉をめぐる機能分化社会の比較歴史社会学へ

第2章 意味論分析の理論と方法
 2.1 政策的課題の選択と自己限定
 2.2 理念アプローチの射程
 2.3 自己言及的システム論の導入――政治の自己規定と他者規定
 2.4 意味論分析に向けた機能分化社会モデル
 2.5 意味論分析の手法
 2.6 社会国家をめぐる中範囲の意味論分析
 2.7 「社会」の地平と社会国家の価値理念へ
 2.8 資料について

第II部 「社会」の地平

「社会」の概念史
近代的団体としての「社会」

第3章 「社会」の概念化における諸前提
 3.1 「政治/学術」の意味論的自己言及
 3.2 プロイセン統治機構改革の構図
 3.3 大学改革による「政治/学術」関係の転換
 3.4 問題としての2つの「危機」
 3.5 学術的プログラムの再編と「社会」への関心
 3.6 意味論的境界形成と社会国家の意味論の成立前提

第4章 学術の「社会」――発見・解釈とそのバリエーション
 4.1 本章の課題
 4.2 社会の発見とそのロマン主義的理解
 4.3 「国家と社会の区別」とその政策的含意
 4.4 「社会」はそもそも「問題」なのか?
 4.5 「社会」のオルタナティブと記憶
 4.6 分出の深化としての複数の「社会」構想
 付論 社会学以前に「社会」を語ること

第5章 政治の「社会」――状況記述と正当性調達の二重性
 5.1 分析視角 ― 「飴と鞭」の意味論分析と学術の位置づけ
 5.2 「経済的自由の領域」から「脅かされる秩序」へ
 5.3 国家介入の形式
 5.4 学術的知見の部分参照――ヴァーゲナーとローマン
 5.5 分出の深化再び――部分参照の意味論的条件

第III部 社会国家の理念

社会国家的理念の現代的再編
諸制度の記憶としての社会国家の意味論

第6章 政治の「連帯」――利害関心の把捉と協働の実現
 6.1 ドイツ社会国家形成期における連帯概念の不在?
 6.2 労働者同士の連帯
 6.3 国家同士の連帯と「連帯されてしまう」ことの危惧
 6.4 「利害関心の連帯」
 6.5 利害関心の概念とその機能
 6.6 社会国家の意味論として
 6.7 「社会的なもの」の縮小と拡大

第7章 政治の「補完性」――「自助のための援助」の意味論
 7.1 「補完性」概念の社会国家的両義性
 7.2 補完性「原理」のカトリック的還元
 7.3 自助か国家援助か
 7.4 社会政策的理念としての自由と安全
 7.5 補完性概念の位置価
 7.6 「援助」の意味論とその社会国家性

第8章 政治の「保険」――「相互性」と「投機性」のはざまで
 8.1 保険史の問題と分析視角
 8.2 「相互性」という保険理念
 8.3 私的保険組織における「相互性」の再定義
 8.4 保険株式会社の席巻と「相互性」の否定
 8.5 国家による強制保険という選択
 8.6 保険の意味論分析と統治性研究

終 章 機能分化社会における「社会的なもの」
 9.1 本書の要約
 9.2 ドイツ社会国家における知識の運用形態
 9.3 機能分化社会の経験的記述
 9.4 残された課題
 9.5 「社会的なもの」の記憶と再編

初出一覧
あとがき
文献
人名索引
事項索引
 

関連情報

あとがきたちよみ:
序章 統治実践をめぐる「社会的なもの」の探求 (勁草書房編集部ウェブサイト 2021年3月1日)
https://keisobiblio.com/2021/03/01/atogakitachiyomi_fukushikokkanorekishishakaigaku/
 
書評:
北村昌史 評「社会保険制度成立をめぐる「社会」の認識や構想を検討――理論的モデルを作りそれを検証していく研究の必要性を歴史研究者に改めて迫る」 (『図書新聞』第3509号 2021年8月28日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3509

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