福祉国家とは、雇用機会の提供や労働基本権の承認などの雇用保障政策と、公的扶助 (救貧) や社会保険 (防貧) などの社会保障政策とを二大政策として、資本主義における人々の生存あるいは生活を保障することをめざす国家体制として20世紀前半以降に成立したものである。
この福祉国家の歴史的展開のなかで、日本と韓国は、西欧の「先発国」に比べて「後発国」と位置づけられる。ただし、「後発国」とはいえ、日韓両国における福祉国家の歴史的展開にもタイムラグが存在しており、そこに着目すると日韓の違いがみえてくる。すなわち、韓国を「後発国」と位置づけるとすれば、日本は「先発国のなかの後発国・後発国のなかの先発国」と位置づけられるのである。このような時間軸の比較視点は、欧米先進諸国を中心とした従来の比較福祉国家研究に対して重要な理論的示唆をもつものの、そのような視点による本格的な国際比較分析はほとんど行われてこなかった。
そこで本書では、「後発国」としての日韓の類似と相違およびその要因を分析し、それによって、「後発国」の多様性を捉える時間軸の比較視点が、日韓のみならず西欧の「先発国」を含む福祉国家の国際比較分析のために欠かせない視点であることを明らかにする。これを通じて、従来の比較福祉国家研究とは異なる新しいアプローチの可能性を探ることが本書の最終的な目的である。
以上の目的にそって、本書における日韓比較分析は、どちらかといえば、政策論的分析より歴史・現状分析に焦点をおいていることを述べておきたい。すなわち、「先発国」としての西欧の福祉国家と「後発国」としての日韓の福祉国家にみられる同異とそれをもたらした歴史的経路や因果構造、また、同じ「後発国」でありながらも日韓両国の福祉国家にみられる同異とそれをもたらした歴史的経路や因果構造を明らかにするという歴史・現状分析が中心となっており、その一方で、各福祉国家がそれぞれあるいは共通に抱えている問題や課題についての政策論的分析は最小限に止めている。それは、本書がその歴史・現状分析を通じて、時間軸の比較視点を重視した比較福祉国家研究の新しいアプローチを探るという理論的な問題関心から出発しており、具体的な制度・政策の問題点や改革課題を探るという実践的な側面には大きな関心をおいていないからである。ただし無関係ではなく、本書の理論的な問題関心や歴史・現状分析が、実践的な問題関心やそれによる政策論的分析のための基礎作業になることと考えられる。
本書全体の構成は次の通りである。序章では、日韓比較分析を行う本書の問題意識と目的そしてその理論的意味を明らかにする。第1章と第2章では、従来の比較福祉国家研究を批判的に検討し日韓比較分析のための新しい視点を見出す。第3章~第5章では、その新しい視点、すなわち時間軸の比較視点にもとづいて日韓比較分析を行い、両国の類似と相違そしてその要因を明らかにする。終章では、以上の分析をふまえつつ時間軸の比較視点の重要性を浮き彫りにし、日韓比較を超えた福祉国家の多国家間比較分析を展開するための新しいアプローチの可能性を提示する。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 金 成垣 / 2018)
本の目次
序章 比較福祉国家研究のなかの日本と韓国
1 福祉レジーム論は「希望のメッセージ」であったのか
2 後発国としての日韓
3 後発国の多様性を探る
1章 福祉国家研究の2つの潮流
1 「縦」の歴史比較と「横」の国際比較
2 <経済学系> 福祉国家研究と <社会学系> 福祉国家研究
(1) 日本における福祉国家研究
(2) 段階論的アプローチ
(3) 類型論的アプローチ
3 東アジア福祉国家研究の展開のなかで
2章 日韓比較分析の新しい視点
1 東アジア福祉国家研究の興隆
2 時間軸の比較視点から福祉国家を分析する
(1) 求められる「時間差」を捉える視点
(2) 「時間」をみるか「差」をみるか
(3) 段階論的アプローチと類型論的アプローチの結合の試み
3 日韓比較分析のために
(1) 雇用保障と社会保障からなる福祉国家
(2) 後発国の多様性へ
3章 時間軸の比較視点でみた日本の福祉国家
1 日本における福祉国家の成立
2 雇用保障と社会保障の特徴とその要因
(1) 「全部就業政策」を基軸にする雇用保障
(2) 「混合型社会保険」を基軸にする社会保障
(3) 後発資本主義国としての日本
3 成立後の展開
4章 日本との比較でみた韓国の福祉国家
1 韓国における福祉国家の成立
2 雇用保障と社会保障の特徴とその要因
(1) 「全部就業政策」vs.「全部雇用政策」
(2) 「混合型社会保険」vs.「単一型社会保険」
(3) 「工業化時代の福祉国家成立」vs.「サービス化時代の福祉国家成立」
3 成立後の展開
5章 日韓における失業・貧困対策
1 失業・貧困対策の展開
2 失業・貧困対策の特徴とその要因
(1) 日韓の「二層体制」と西欧の「三層体制」
(2) イギリスにおける「三層体制」の歴史的経路
(3) 日韓における「二層体制」の誕生とその帰結
3 「二層体制」の今後
終章 日韓比較を超えて
1 日韓比較のまとめ
2 再び福祉レジーム論へ
(1) 3つのレジームの背後にあるもの
(2) 時間軸の比較視点でみた3つのレジーム
3 今後の比較福祉国家研究に向けて
付章1 韓国における雇用保障政策――「21世紀型完全雇用政策」
はじめに
1 雇用保障政策の展開
2 雇用創出・拡大政策の中身
(1) 「雇用創出総合対策」
(2) 核心政策としての「社会的雇用」事業
(3) 「社会的企業育成法」の成立とその後の展開
3 「20世紀型完全雇用政策」と「21世紀型完全雇用政策」
付章2 福祉国家化以降の韓国社会――「過酷な現在・不安な将来」
はじめに
1 福祉国家へ、そして格差社会へ
2 「過酷な現在・不安な将来」の諸相
(1) 最高水準の自殺率と最低水準の出生率
(2) 最低水準の若年就業率と最高水準の高齢者貧困率
(3) 最低水準の家族関連給付と最高水準の教育費
3 「20世紀型福祉国家」と「21世紀型福祉国家」
参考文献
初出一覧
索引
あとがき
関連情報
株本千鶴 (椙山女学園大学) 評 (社会福祉学 第58巻1号 p.170-172 2017年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/58/1/58_170/_article/-char/ja/
金 成垣 書評りぷらい (社会福祉学 第58巻1号 p.173-175 2017年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssw/58/1/58_173/_article/-char/ja/
安 周永 (常葉大学) 評 (現代韓国朝鮮学会 第17号 2017年11月)
http://www.ackj.org/wp/wp-content/uploads/2018/11/%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%A0%94%E7%A9%B617_%E6%9B%B8%E8%A9%95%E8%AB%96%E6%96%87.pdf