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白い表紙にワシリーカンディンスキーの絵《バービカン》、黒い線の円の中にカラフルな複数の円

書籍名

福祉社会学のフロンティア 福祉国家・社会政策・ケアをめぐる想像力

著者名

上村 泰裕、 金 成垣、 米澤 旦 (編著)

判型など

284ページ、A5判

言語

日本語、ラテン語

発行年月日

2021年11月10日

ISBN コード

9784623092826

出版社

ミネルヴァ書房

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福祉社会学のフロンティア

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福祉社会学とは、福祉を対象とした社会学のことである。福祉社会学の学会が創立されたのが2003年であるから、他の社会学分野の学会、たとえば地域社会学会 (1975年)、日本労働社会学会 (1988年)、日本家族社会学会 (1991年) などに比べると、その歴史は浅い。2000年代初頭、それまで主に家族の役割とされてきた介護や育児などのケアが社会的な課題として登場し、ケアなど福祉の担い手に関しても国家や家族とともに地域の多様な主体が注目されるようになった。また、福祉の手法としても現金給付のみならずケアや就労を支援するサービス給付の重要性が増してきた。そういった変化のなかで、介護保険制度の導入、社会福祉基礎構造改革、NPO法の成立、少子化社会対策基本法の制定など、福祉の分野で大改革がみられた。福祉社会学は、2000年代初頭のこのような福祉をめぐる変化のなかで、「狭義の福祉」に止まらず、その変化により生まれた多様かつ豊富な論点を扱う研究領域として誕生したのである。
 
誕生から約20年が経過した現在、福祉社会学はどのような新しい可能性をもちうるのだろうか。本書は、福祉社会学の第1世代と第2世代の研究成果――代表的なものとして『福祉社会学の挑戦』(副田義也、岩波書店、2013年) と『シリーズ福祉社会学 第1~4巻』(武川正吾・副田義地・藤村正之・庄司洋子編、東京大学出版会、2013年) がある――を踏まえて、第3世代の研究者が、「福祉社会学のフロンティア」として、2020年代以降における福祉社会学の新しい知を生み出すことを目的として企画したものである。
 
福祉社会学が誕生した2000年代初頭に比べると、現在は、福祉の分野で決定的な変化がみられているわけではない。しかし問題はそこにある。変化を求める声が高まっているにもかかわらず、それへの対応が遅く、そのズレのなかで人々の生きづらさがますます深刻化している。そのズレの実態と要因を探り、変化の必要性と方向性を明らかにする作業が求められているのである。本書は、このような2020年代の課題を明確に認識し、「福祉国家」「社会政策」「ケア」という3つの領域を中心に、研究視点や分析枠組みの見直し、また政策および実践領域における新しい論点や課題の提示を試みることで、福祉社会学の深化とともにフロンティアを探るものである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 金 成垣 / 2023)

本の目次

はしがき──福祉社会学のフロンティア: 越境性と深化

第I部 福祉国家

第1章 労働と福祉を結びなおす──再分配と市場交換の交差 (米澤 旦)
 1 福祉と労働の交差──福祉社会学のフロンティアとして
 2 再分配・互酬と福祉社会学
 3 福祉社会学の焦点としての「生活」
 4 福祉社会学における労働の位置
 5 労働と福祉を結びなおす

第2章 福祉供給手段の多様化と資源配分原理
    ──福祉ミックス論の限界を超えて (張 継元)
 1 福祉供給に関する理論的発展
 2 従来の福祉ミックス論の限界
 3 福祉供給手段の多様化
 4 福祉供給手段の資源配分原理と制御メディア
 5 福祉ミックス論の限界を超えて

第3章 天賦人権としての生活権を求めて
    ──森本厚吉が描いた理想の天地 (冨江直子)
 1 「生存ではなく生活を」
 2 本章の視点と問い
 3 森本の「生活権」論
 4 「天賦人権」としての「生活権」
 5 福祉社会学への遺産

第4章 グローバル社会政策の起源──ILO百年に寄せて (上村泰裕)
 1 百年前の現場へ
 2 歪んだ集合的記憶
 3 ILOが解き放った政治──労働代表問題
 4 原則と特例──8時間労働制をめぐって
 5 真の議題──女性と児童の保護
 6 社会政策を導く理念
 7 百年後への示唆

第5章 後発福祉国家論の再検討
    ──これまでのアジア研究と今後の課題 (金 成垣)
 1 アジアへの関心の高まり
 2 アジア研究の展開
 3 後発福祉国家論の限界と今後の課題

第II部 社会政策

第6章 未婚化の終わり──少子高齢パラダイムのゆくえ (神山英紀)
 1 「少子高齢パラダイム」と未婚化の減速
 2 結婚は将来を調整し共同利益を得る約束
 3 男女両性人口の同時統制
 4 単調・連続的に変化する未婚化──その直接要因としての「男女賃金格差の縮小」
 5 未婚化が終わる理由
 6 少子高齢パラダイムのゆくえ

第7章 家族政策の出生力への影響を考える (岩澤美帆)
 1 出生力はなぜ社会学の対象なのか
 2 出生力はなぜ政策にかかわるのか
 3 社会民主主義的家族政策の目的
 4 家族政策の効果測定はなぜ難しいのか
 5 家族政策の影響について何がわかったのか
 6 「信頼」され「自主性」を高める政策による副次的効果としての出生力回復

第8章 〈教育〉の論理・〈無為〉の論理
    ──教育化する社会保障とその外部 (仁平典宏)
 1 教育と社会保障の交点で
 2 〈教育〉の論理と社会保障制度
 3 日本型生活保障システムの成立と揺らぎ
 4 今後の生政治と〈無為〉の位置
 5 規制と〈教育〉
 6 給付と〈教育〉

第9章 社会政策としての住宅政策・再考 (祐成保志)
 1 社会政策の限界領域
 2 対人社会サービスとしてのハウジング・マネジメント
 3 ハウジング・マネジメントの弱みと強み
 4 ハウジング・マネジメントのゆくえ
 5 福祉社会における居住保障

第10章 文化芸術活動の社会化──社会に踏み込んだ文化政策 (友岡邦之)
 1 文化政策の「社会的・経済的価値」
 2 「文化芸術活動の社会化」の推進要因
 3 資源の徹底活用としての文化政策
 4 文化政策による社会関与の進展
 5 あらためて、文化芸術の特異性とは

第III部 ケ ア

第11章 認知症新時代の福祉社会学的課題──ケアと承認をめぐって (井口高志)
 1 ポスト介護保険制度期の課題
 2 新しい認知症ケアの時代と認知症の社会学
 3 ポスト介護保険制度期の諸実践
 4 認知症実践をめぐる福祉社会学的課題

第12章 ケアが社会的に評価されることにどう向き合うか (森川美絵)
 1 ケアの社会的評価という問題
 2 ケアワークの低評価と概念化に関する先行研究
 3 社会的評価の枠組みの検証──介護保険の事例
 4 オルタナティブなケア評価に向けて
 5 「ケアの全社会的な編成」を視野に
 6 政策志向の福祉社会学として

第13章 地域福祉の主流化とケア提供者 (三井さよ)
 1 地域福祉の主流化という時代に
 2 従来型の社会福祉像──専門職とニーズ
 3 地域生活のただなかで──ニーズの複数性
 4 従来型専門職の限界と新たな専門職像
 5 ベースの支援
 6 ニーズを超えて──排除 / 包摂という視点の必要性
 7 新たな社会の構想と社会福祉

第14章 制度の谷間からの声を聴く──認められない病の患者たち (細田満和子)
 1 社会に認められない「必要」
 2 筋痛性脳脊髄炎 / 慢性疲労症候群 (ME / CFS) という見えない病
 3 制度の谷間
 4 見えない病──診断されない / できない病気
 5 構造的孤立
 6 正当な「必要」の主張──患者アドボカシー
 7 社会を変え、「この手に希望を」

第15章 地域福祉からみた成年後見──市民社会が支える看とり (税所真也)
 1 地域福祉における車の両輪──介護保険制度と成年後見制度
 2 地域福祉からみた任意後見制度への期待
 3 NPO法人による任意後見制度の取り組み
  ──NPO法人ライフデザインセンターについて
 4 NPO法人ライフデザインセンターの支援事例
 5 介護の社会化から看とりの社会化へ
 6 福祉社会における成年後見の真の社会化に向けて

あとがき
索  引

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