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書籍名

ケアの倫理と共感

著者名

マイケル・スロート (著)、 早川 正祐、 松田 一郎 (訳)

判型など

288ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年11月

ISBN コード

978-4-326-10298-3

出版社

勁草書房

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ケアの倫理と共感

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マイケル・スロート (Michael Slote) は、現代英語圏で著名な倫理学者であり、とりわけ徳倫理学やケアの倫理の分野において、先進的かつ独創的な研究を行なってきた。
 
まず本書がどのような知的発想のもとで発展してきたのか簡単に触れよう。スロートは『動機から道徳』(Morals From Motives, OUP, 2001) において、「感情主義的徳倫理学」(sentimentalist virtue ethics) という新たな形態の徳倫理学を提唱した。ここでの感情主義は、理性の働きを軽視するものではない。むしろ、理性の働きを重視しつつも、感情を理性よりも根本的なものとみなす穏健な感情主義である。スロートは、デイヴィド・ヒュームらの「道徳感情説」(moral sentimentalism)、さらに1980年代以降、登場してきたキャロル・ギリガンやネル・ノディングズの「ケアの倫理」の洞察をも積極的に取り込むことで、感情主義的徳倫理学という独自の徳倫理学を構築したのである。その立場は、それまで主流の徳倫理学であった「新アリストテレス主義的徳倫理学」(neo-Aristotelean virtue ethics) とは一線を角するものであった。
 
本書『ケアの倫理と共感』では、このような感情主義の立場が、ケアの倫理としてさらに深化していくことになる。その際、鍵概念になるのは、「成熟した共感」である。ここでの共感 (empathy) は、相手の視点から世界がどう見えているのか、相手が世界をどのように体験しているのかを、感じ受け止めることにほかならない。それは、相手の観点を考慮することがなくても可能な「同情」(sympathy) とは区別される。共感的であるためには、相手が置かれている状況を、相手自身の関心の内側から理解し感じ受け止めることが要求されるのである。また相手に共感するとき、「相手は自分とは異なる観点をもつ別個の存在である」という感覚が保持されていなければならない。そして、こういった感覚が保持されているからこそ、共感を通して、相手を自分とは異なるひとりの人間として尊重することもまた可能になるとされるのである。
 
本書におけるスロートの最大の貢献は、こういった「成熟した共感」を体現するケアに着目することで、ケアの倫理の立場を「規範倫理学のアプローチ」として擁護した点にある。規範倫理学は、行為・慣習・制度の正/不正 (right/wrong) といった道徳上の区別に関して、その根拠や規準を明らかにする分野である。従来、規範倫理学の代表的アプローチは義務論・功利主義であった。しかしスロートは、これらのアプローチの難点を指摘し、「成熟した共感」を根ざすケアの倫理こそが、規範倫理学の最も有力なアプローチであることを大胆にも示そうとするのである。
 
スロートによれば、窮状にある他者に対して成熟した共感的配慮を示すような行為・慣習・制度こそが正しいのであり、その欠如を示すような行為・慣習・制度は不当である。そして成熟した共感の欠如という観点から、例えばヘイトスピーチ、家父長制、能力主義等が不当であることが示される。こういった一連の議論において、個々人の自由への不干渉よりも、個々人の傷つきやすさへの応答を一層、重視するケアの倫理の方向性が明確に打ち出されている。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 特任准教授 早川 正祐 / 2022)

本の目次

序論
 
第一章  共感に根ざすケア
 1. ケアの倫理
 2. 共感の本性
 3. 共感と妊娠中絶をめぐる道徳
 
第二章 他者を援助する責務
 1. 直近性と距離
 2. 共感の限界と責務
 
第三章 義務論
 1. 共感と危害
 2. 所有・約束・真実性
 
第四章 自律と共感
 1. 尊重
 2. 自律
 
第五章 ケアの倫理と自由主義
 1. 論争点を確定する
 2. 自由主義への反論
 3. パターナリズム
 
第六章 社会的正義
 1. 正義における共感
 2. 分配的正義
 
第七章 ケアと合理性
 1. 道徳的であることは必ず合理的なのか?
 2. 実践的合理性についての諸見解
 3. 合理的な自己配慮と道具的合理性
 4. ケアと自己配慮
 
結論
原注
訳注 
 
訳者解説 感情主義的徳倫理学から共感的なケアの倫理へ (早川正祐)
訳者あとがき

関連情報

書評:
小林道太郎 評 (図書新聞 3537号 2022年3月26日)
https://www.fujisan.co.jp/product/1281687685/b/2231034/
 
書籍紹介:
あとがきたちよみ (けいそうビブリオフィル - 勁草書房編集部ウェブサイト 2021年11月17日)
https://keisobiblio.com/2021/11/17/atogakitachiyomi_carenorinritokyokan/

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