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白とベージュの表紙

書籍名

ちくま新書: ケアを考える 医療ケアを問いなおす 患者をトータルにみることの現象学

著者名

榊原 哲也

判型など

224ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2018年7月5日

ISBN コード

978-4-480-07158-3

出版社

筑摩書房

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

医療ケアを問いなおす

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わが国は超高齢社会を迎え、社会全体が、地域包括ケアによる「地域ケア社会」へと移行していくことを要請されている。そのために、医療や介護のシステム、そしてそれらを支える法や経済、社会のシステムの整備・拡充が重要であることは、言うまでもないが、本書は、それらとは少し別の、「現象学」という哲学の視点から、そもそも「病いを患う」とはどういうことか、「病いを患う人をケアする」とはどういうことなのかを根本的に問おうとする試みである。

「病いを患う」ことは、たんに身体的な疾患に罹ることではなく、心理面を含め、心身の全体にわたるトータルな経験であるため、たんに病体を診るだけでなく、患者の心身をトータルに <みる> のでなければ、「病いを患う人をケアする」ことにはならず、十分な医療ケアにならない。また地域医療においては、患者を特定の疾患をもつ患者として診るだけでなく、家族や地域の人々とのつながりも含め、日常生活のさまざまな文脈の中でトータルに <みる> ことがきわめて重要になる。そこで、患者を心身ともにトータルに、また日常生活のなかでトータルに <みる> ためにはどのような視点が必要なのかを、「現象学」という哲学の視点から考察し、医療ケアを問いなおそうとしたのが本書である。

第1章では、「疾患」と「病い」という、医療人類学や看護学でしばしば用いられる区別に言及することから始めて、現象学への導入が図られる。「疾患」が医学的に把握され診断されるのに対して、「病い」は意味経験なので医学的には捉えられない。しかし患者の「病い」を受けとめなければ、患者をケアしたことにはならない。そこで、当事者の「意味経験」の成り立ちを明らかにする「現象学」という哲学が要請される。

第2章では、「現象学」という哲学について、とりわけ創始者であるフッサールの思想と、フッサール現象学を受け継ぎ独自の仕方で展開させたハイデガーとメルロ=ポンティの思想について、本書の考察に必要な限りで解説が行われる。

第3章では、主としてフッサール現象学をベースにしたトゥームズの『病いの意味』を手がかりに、医学という学問の見方と患者の日常の見方との違い、ずれに現象学的な視点から光が当てられる。

第4章では、主としてハイデガーとメルロ=ポンティの現象学に基づいて洗練された現象学的看護理論を展開したベナーが、ルーベルとの共著『現象学的人間論と看護』において「現象学的人間観」として提示していることがらを参照しながら、患者をトータルにみるためのいくつかの視点について、具体例も交えながら論じられる。

最終第5章では、ベナーらが看護の目指す目標として掲げている「安らぎ」としての健康の概念を手がかりにして、患者をトータルにみることこそが「安らぎ」の実現につながることを明らかにしたうえで、患者をトータルにみることが、患者も医療者も、ともに人間であり傷つきやすい仲間であることの自覚をも促すこと、そしてこの自覚こそが、患者に向き合い寄り添う医療ケアを可能にすること、さらに患者に向き合い寄り添う医療ケアが、医療者の安らぎにも繋がることが示される。

なお、本書で展開された「現象学」の解説やベナー / ルーベルの現象学的人間観と看護理論に関する論述は、看護を中心とする医療者と著者との15年以上にわたる交流の経験を踏まえてなされたものであり、哲学 (現象学) 研究者によって医療者や一般読者向けに書かれたものとしては、他に類を見ないものであると思われる。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 榊原 哲也 / 2019)

本の目次

はじめに
第1章 「疾患と病い」
第2章 「「現象学」とはどのような哲学か」
第3章 「医学の視点と患者の視点」
第4章 「患者の病い経験を理解するために―ベナー / ルーベルの現象学的人間観」
第5章 「患者をトータルにみるということ―安らぎを目指して」
終わりに―患者になりうる者として

関連情報

著者インタビュー:
[退職教員インタビュー] (1) 榊原哲也先生 フッサールから看護の世界へ (東大新聞オンライン 2020年3月27日)
http://www.todaishimbun.org/sakakibara20200327/

試し読み:
医師は「疾患」を診断し、患者は「病い」を経験する (好書好日 | じんぶん堂 2020年4月28日)
https://book.asahi.com/jinbun/article/13324450

書評:
「法的・経済的・社会的観点」だけでない医療のとらえ方 (J-CASTニュース 2019年9月19日)
https://www.j-cast.com/trend/2019/09/19367750.html?p=all

西村ユミ「<ケア> の問いなおしで明らかになる、医療者の安らぎ」 (『看護教育』第60巻第1号75頁 2019年1月号)
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=38616

ケアを考えるシリーズ2作目 (ボスフラ 2018年12月13日)
https://himawari.press/20181213-34.html

榊原哲也 「現象学という哲学の視点から、医療ケアを考える」 (webちくま 2018年7月17日)
http://www.webchikuma.jp/articles/-/1413

 

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