東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

青い表紙

書籍名

ACPの考え方と実践 エンドオブライフ・ケアの臨床倫理

判型など

210ページ、B5判

言語

日本語

発行年月日

2024年4月1日

ISBN コード

978-4-13-062425-1

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

ACPの考え方と実践

英語版ページ指定

英語ページを見る

医療技術が進展し治療法の選択肢が増えた現在、ひとりひとりが各自の価値観・人生観・死生観に沿った医療を人生の最終段階まで受けることができるようにするため、ACP (advance care planning) に取り組むことが推奨されている。ACPは将来の医療・ケアに関する、患者・家族と医療・ケアチーム間の話し合いのプロセスである。
 
しかし、ACPの臨床実践には困難さが伴っているようである。理由の多くは社会的文化的な背景にあるとおもわれる。そもそもACPは米国などの英語圏諸国からの模倣で導入されたが、米国のACPは米国社会の文化と法制度を前提としている。しかし、日本はその前提を共有しているとはいえない。そのため、米国と同様に行おうとすると困難さが生じるのであろう。意思決定のあり方は文化と制度に依存するため、英語を日本語に翻訳すれば日本で使えるようになるわけではないからである。
 
本書では日本思想の知見を取り入れ、意思決定に関する日本人の思考の特徴を踏まえた日本型の臨床倫理のあり方を模索している。日本の言葉に表現されている日本人のものの捉え方、思考の仕方および意思決定のあり方を認識しつつ解説している。これは管見の限り類書にはなく、本書にて初めて試みられたことである。例えば、20世紀の日本の倫理学を代表する和辻哲郎の思想を意思決定支援において参照している。なぜ、米国型の個人主義・自由主義的な意思決定の方法が日本の臨床現場に合わないことが多いのか、読者に理解を深めていただけるよう解説を試みている。
 
また、英語圏諸国と日本との法制度の相違を認識することも重要である。これらの国々ではACPに先立ち、リビング・ウィルと意思決定代理人から成る事前指示が法制化されていた。一方、日本には事前指示の法制度はない。厚生労働省が国民に対して5年おきに実施している意識調査によると、法制化に賛成する国民は依然として少ないのである。この制度の有無はACPの実践に直接的な影響を及ぼす。そのため、この制度を有する国々のACPを和訳して適用しようとすると、日本の臨床現場では混乱や問題が生じるのである。
 
本書では、本人・家族と医療・ケアチーム間の対話のプロセスに重点を置いたACPのあり方について詳述している。こうした対話のプロセスにおいて、医療・ケアチームが本人・家族と一緒に考え、悩ましさも共有するという姿勢をもって対応すると、信頼関係が次第に厚く構築され、決定した内容に関する納得の源泉にもなり、意思決定の倫理的妥当性も担保されると考えている。
 
本書は「I 理論編」と「II 実践編」から構成されている。「II 実践編」では第一線の臨床家らに、現場でありがちな倫理的ジレンマを抱えた14の仮想事例をご提示いただいた。読者には各事例で具体的な問題について考え、家族や友人間で対話の素材としていただければ幸いである。
 
ACPを含め医療とケアの意思決定支援は、学問領域でいうと臨床倫理に属する。従来、日本では、臨床倫理も医療倫理も生命倫理も、英米のテキストや論文に依拠することが一般的であったが、本書は日本の思想と倫理学の知見を取り入れた。本書が日本人の考え方に合った馴染みやすい臨床倫理のテキストとして活用され、ACPの実践に資するとともに、日本人の精神の基層を意識した臨床倫理の構築の端緒となれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 特任教授 会田 薫子 / 2024)

本の目次

I 理論編
1. 医療倫理と臨床倫理の基礎|会田薫子
2. ACPとは|会田薫子
3. ACPの日米における異同
  ――文化的特徴の相違点と留意点|会田薫子
4. エンドオブライフ・ケアの倫理|会田薫子
5. エンドオブライフ・ケアをめぐる法とガイドラインの理解|樋口範雄
6. 和辻倫理学を医療・ケアの意思決定支援に活かす|宮村悠介
7.「自律」と「関係的自律」|日笠晴香
   コラム1 本人の意向を尊重する共同意思決定のために|秋葉峻介
8. タイミングの倫理と共同意思決定プロセス
  ――時間感覚へのケアから考える|早川正祐
   コラム2 「触れる」ケアとコミュニケーション|坂井愛理
9. ケアの現象学の視点から
  ――とくにハイデガーに着目して|田村未希
   コラム3 ケアの現場における直観
――「直観」と「直感」|野瀬彰子

II 実践編
1. 認知症を有する高齢者の場合
  ――食べられなくなった認知症高齢者の意思と長女の意思が異なり困った事例|三浦久幸・高梨早苗
2. 自ら伝えることの難しい超高齢患者
  ――尊厳が脅かされていると家族が感じた事例|吉岡佐知子
3. 治癒が困難な状態にあるがん患者
  ――家族から本人に予後を伝えないでほしいと希望された事例|山本瀬奈
4. 気管支拡張症の患者
  ――本人と家族の意向との齟齬が生じ合意を得る支援を必要とした事例|竹川幸恵
5. 何度も治療で回復する経験をしている心不全患者のACPとは?|仲村直子
6. 高齢の慢性腎不全患者の療法選択
  ――multimorbidity|多疾患併存状態における対応|大賀由花
7. ALS患者のための意思決定支援|丸木雄一
8. 救急・ICUにおける対話のあり方|伊藤 香
9. 老人保健施設におけるACP
  ――人工的水分・栄養補給法と療養の場の選択|西川満則・山本梨恵・田中貴美
10. 特別養護老人ホームにおけるACP|島田千穂
11. 歯科医師・歯科衛生士がどのように関わるのか|阪口英夫
12. 介護支援専門員がどのように関わるのか
  ――リビング・ウィルが尊重されなかった事例|清水直美
13. 在宅医療を受けている患者の急変
  ――在宅医療と病院医療の連携|小豆畑丈夫
14. 身寄りのない高齢患者への支援
  ――成年後見制度の活用|岡村紀宏
15. 先行のACPテキストにみる倫理的な問題への対応のヒント|平川仁尚

関連情報

上廣死生学・応用倫理講座「意思決定支援ツールの開発と死生に関する思想的・倫理的研究」
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/ja/over-02.html
 
公開講座:
NEW 公開講座「共に老いる中で「死」をどう考えるか――ケアを受ける人も担う人も」 (笹川保健財団 2024年10月17日~12月19日〔全6回〕)
https://www.shf.or.jp/information/23658
 
NEW 高知県在宅医療推進フォーラム「自分の思いどおりの“しまい方”」 (高知県医師会 2024年11月16日)
https://www.kochi-houkan.com/
 
シンポジウム:
2022年度シンポジウム「ACPの考え方と実践 ― 本人を人として尊重する意思決定支援」 (一般社団法人 日本老年医学会/東京大学大学院人文社会系研究科 死生学・応用倫理センター 上廣死生学・応用倫理講座 2023年3月5日)
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/dls/ja/event/230305.html
https://ja-bioethics.jp/news/5207/
 
書籍紹介:
「『ACPの考え方と実践 エンドオブライフ・ケアの臨床倫理』 ちょっとむつかしそうな専門書ですが…」(笹川保健財団 2024年4月26日)
https://www.shf.or.jp/blog_chair/23204

このページを読んだ人は、こんなページも見ています