
書籍名
語の文法へのいざない
判型など
312ページ、A5判、並製カバー装
言語
日本語
発行年月日
2024年11月
ISBN コード
978-4-8234-1259-2
出版社
ひつじ書房
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
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たとえば、「りんごの甘さ」と「りんごの甘み」はどちらも普通の表現であるが、「採点の甘さ」と言えるのに対して「採点の甘み」とは言えないのはなぜだろう。あるいは、「セーターの手洗い」ではセーターを洗うのに対して、「子供達の手洗い」では子供達を洗うのではなく、子供達が手を洗うという意味になるのはなぜだろう。このような、日常的なことばの使い方にまつわる疑問を掘り下げていくと、「語」という小さな単位が織りなす世界が見えてくる。本書は、言語に興味を持つ読者を、「語の文法」という小宇宙へといざなう案内書である。
複数の語を用いて文を組み立てる仕組みとして文法がある。しかし、文だけでなく、語にも複数の要素 (形態素と呼ばれる) を組み合わせて語を作る仕組みがあり、それを、本書は「語の文法」と呼ぶ。たとえば、否定を表すのに「あの人は親切でない」と言えば文レベルの仕組みとして「ない」という否定を表す要素を使っているが、「不親切」と言えば語レベルの仕組みとして「不」という否定を表す要素 (接頭辞と呼ぶ) を使っている。言語学では、前者 (文の文法) を扱う分野を統語論、後者 (語の文法) を扱う分野を形態論と呼ぶが、この二者が同じ原則に従うのか否かが大きな論争を呼んできた。本書は、二者には共通する面も異なる面もあるとする立場から形態論を長く研究してきた著者3名が、文の文法と同じ側面だけを見ていたのでは見過ごしてしまいがちな語の文法の諸側面に焦点を当て、どのような現象を取り上げどのような分析を紹介するか、議論を尽くして書き上げた入門書である。
本書は語の文法の興味深い事例として、日本語と英語の様々な現象を取り上げている。語の文法の面白さを伝えるためには豊富なデータを示す必要があるという執筆方針に著者3名の強い同意があり、その結果、語の文法と文の文法の類似点と相違点について、さらには語の文法における日本語と英語の類似点と相違点について、数多くの事例を取り上げて深く考える場を提供することができていると思う。第1部・第2部の2部構成となっており、言語学的な背景や実際の分析で用いる道具立てについては第1部でわかりやすく導入されているので、言語学の基礎的な知識さえあれば準備としては十分である。「語」という小さな単位の中に観察されるデータの面白さを楽しみ、語の文法に興味をもっていただく入り口となることを願っている。
(紹介文執筆者: 多様性包摂共創センター 特任教授・名誉教授 伊藤 たかね / 2025)
本の目次
1章 語の文法とは
2章 語とレキシコンの基本的性質
2.1. 語彙性―語と句の異なる点
2.1.1. レキシコン /2.1.2. 語彙化 /2.1.3. 阻止 /2.1.4. 語彙的ギャップ /2.1.5. 生産性 /2.1.6. 語彙的緊密性 /2.1.7. 音韻・形態・意味的な制約
2.2. 語の構造―語と句の似ている点
2.2.1. 語の階層構造 /2.2.2. 二叉枝分かれ制約 /2.2.3. 右側主要部規則 /2.2.4. 語の再帰性
コラム1 連濁と母音交替
3章 「語の文法」に有用な道具
3.1. 言語情報として必要な名詞の意味
3.2. 動詞の意味をLCSで表す意義
3.3. 動詞の意味クラスによる差異とLCSによる分析
3.4. 2種類の自動詞を区別するLCSと項構造─非対格仮説
コラム2 日本語のアクセント―語と句の違い
第2部
4章 「名詞+名詞」の複合名詞
4.1. 複合名詞を作る二つの名詞の意味関係
4.2. クオリア構造を用いた分析
4.3. 複合名詞と句構造
5章 名詞から動詞への転換
5.1. 名詞から動詞の意味が生み出されるメカニズム
5.2. 転換とは
5.3. 名詞のクオリア構造と転換動詞のLCS
5.4. 転換動詞の用法と語用論的意味
5.5. 転換動詞の用法
5.6. 日本語との比較
コラム3 日本語動詞の形態素分析
6章 形容詞の性質と形容詞から作られる動詞
6.1. 形容詞が表す状態の意味特性
6.1.1. 一時的状態と属性の違い /6.1.2. 段階性と極限値
6.2. 形容詞をもとに作られる状態変化の動詞
6.3. 形容詞由来動詞の意味と自他交替
6.3.1. 英語の形容詞由来動詞のLCS /6.3.2. 日本語の形容詞由来動詞の自動詞と他動詞の交替
6.4. 形容詞の性質と形容詞由来動詞のアスペクト
6.5. 形容詞の特性が派生動詞に与える影響
6.5.1. 接辞「-化」と形容詞が表す状態への価値判断 /6.5.2. 形容詞の主観性と動詞化接辞「-がる」
7章 接辞付加の規則性と順序
7.1. 名詞化接辞の生産性
7.2. 接辞付加の音韻的・形態的・意味的規則性
7.3. 英語接辞における二つのクラスの区別
7.4. 英語における接辞付加の順序づけ仮説
7.5. 英語の接辞の配列順序と言語処理
7.6. 日本語の接辞付加の順序づけ
7.7. 規則性・生産性の心理的実在性
8章 接頭辞付加による派生語の意味
8.1. 接辞が表す意味と基体の意味
8.2. 英語の否定を表す接頭辞
8.2.1. 否定接辞のはたらき /8.2.2. 反対と矛盾 /8.2.3. 形容詞の性質と否定接辞の意味解釈 /8.2.4. 接辞の棲み分けと阻止
8.3. 日本語の否定を表す接頭辞
8.4. 英語の動詞に付加される接頭辞
9章 複雑語の形成と項構造
9.1. 動詞の名詞化と項の現れ方
9.2. 派生名詞の意味と項の受け継ぎ─事象名詞とモノ名詞
9.3. もとの動詞の外項を表す派生名詞
9.4. 英語の転換名詞と軽動詞構文
9.5. 動詞由来形容詞
9.6. 英語の動詞への接頭辞付加
10章 英語の動詞由来の複合語
10.1. はじめに
10.2. 名詞として用いられる英語の動詞由来複合語
10.3. 形容詞として用いられる英語の動詞由来複合語
10.4. 英語の動詞由来複合語の内部構造
11章 日本語の動詞由来の複合語
11.1. はじめに
11.2. 行為や出来事を表す名詞として用いられる動詞由来複合語
11.3. 述語のはたらきをする動詞由来複合語
11.4. 動詞由来複合語の種類と音韻的特徴
11.5. 物や人を表す動詞由来複合語のタイプと意味
12章 日本語の「動詞+動詞」の複合
12.1. 日本語の「動詞+動詞」複合語の多様性
12.2. 複合語を作る二つの動詞の意味関係
12.3. 語彙的緊密性の異なる2種類の複合動詞―語彙的複合動詞と統語的複合動詞
12.4. 統語的複合動詞の構造
12.5. 統語的複合動詞「~すぎる」の意味
13章 句が関わる語形成
13.1. はじめに
13.2. 句を含む複合語や派生語
13.2.1. 句を含む複合語 /13.2.2. 句への接辞付加
13.3. 句を含むように見える複合語
13.3.1. 非主要部の名詞がもつ意味上の項の現れ方 /13.3.2. 非主要部の動詞要素の項による複合語の修飾
13.4. 動詞句が関わる名詞化
13.4.1. 日本語の接辞「-方」による名詞化と英語の動名詞 /13.4.2. 時間とアスペクトを表す接尾辞の付加
13.5. 句を選択する接辞が作る複雑述語
13.5.1. 願望を表す「-たい」 /13.5.2. 難易・傾向を表す「-にくい」「-やすい」
13.6. 様子や傾向を表す助動詞的な形容名詞化接辞
関連情報
言語学・日本語学 (田川拓海 | Takumi TAGAWA – 筑波大学ホームページ 2024年12月3日)
https://ttagawa-dlit.info/knowledge-article/reading-guide-morphology/#index_id12
書籍紹介:
形態論がおもしろい!--由本陽子・杉岡洋子・伊藤たかね『語の文法へのいざない』(ひつじ書房)のご紹介【いのほた言語学チャンネル(旧井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル)第323回】 (いのほた言語学チャンネル | YouTube 2025年3月30日)
https://youtu.be/L_20momtuQg

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