「地図は空間だけでなく時間をも表象する」という視点を設定した本書は、地図史・歴史学・地理学・デジタル人文学など複数分野の研究者による論文集である。その目的は、近世の大航海時代以降約500年間の地図文化を再検討することにある。従来、地図は主として空間情報の視覚化として理解されてきたが、本書は、地図が歴史・記憶・変化・未来予測といった時間的次元を多様な方法で組み込んできたことを示す点に特色がある。実際、各章では世界各地の地図が事例として扱われ、歴史地図の制作、時間経過を示す表現技法、デジタルGISによる時空間可視化などが比較検討されたうえで、「すべての地図は何らかの形で時間を語る」という基本命題の提示に至る。
本書のオリジナリティは第一に、「時間の地図化」という主題そのものを地図史研究の中心問題として据えた点にある。従来の地図史が投影法・測量技術・帝国主義との関係などを重視してきたのに対し、本書は静態的に見える地図の中にも時間のレイヤーが組み込まれていることを示し、地図を歴史叙述の媒体として再評価する。これにより、地図はもはや単なる補助資料ではなく、歴史認識の形成に関わる知的デバイスとして理解されるようになる。
第二に、グローバル史的視野の導入も重要である。本書はヨーロッパ中心の地図史観を相対化し、アジア・アメリカ・太平洋地域など多様な地図文化を比較することで、近世以降の地図制作が世界規模で展開したことを示している。この点は、地図史を帝国史・知識史・グローバルヒストリーと接続する試みとして評価できる。
第三に、現代社会との接続という社会的意義も大きい。デジタル地図やGIS技術は今日の政策立案・環境研究・歴史可視化などに不可欠であるが、本書はそれらを長期的な地図史の中に位置づけ、デジタル地図もまた歴史的表現の連続線上にあることを示す。この視点は、ビッグデータ時代における視覚情報リテラシーや歴史認識の批判的検討にも資する。
総じて本書は、地図を「空間の記述」から「時空間的思考の媒体」へと再定義する試みであり、地図史研究のみならず歴史学・文化研究・デジタル人文学に対して新たな理論的枠組みを提示した点で学術的意義が大きい。また、地図が歴史認識や社会的意思決定に与える影響を再考させるという点で、私たちの常識を揺るがし、強烈な社会的インパクトを与える書物である。世界各地の新旧の地図を比較できるのが本書の特長であるが、とくに日本語版の読者にとって興味深いのは、編者の一人である日本近世史家のK・ヴィーゲンが執筆を担当した第2章「近世日本における過去の位置づけ」において、江戸時代の地図制作における人びとの歴史意識やニュースメディアとしての役割が提示されることである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 藤崎 衛 / 2026)
本の目次
第1章 20世紀(および21世紀)における地図の時間
第1部 アジア太平洋
第2章 近世日本における過去の位置づけ
第3章 中国と朝鮮のイエズス会地図:過去と現在の接続
第2部 大西洋世界
第4章 アステカ帝国の地図に描かれた歴史
第5章 時のベールを剥ぐ:17~18世紀における地図,比喩,好古趣味
第6章 言語の地図
第3部 アメリカ合衆国
第7章 アメリカ初のディープタイム地図
第8章 場所はいかにしてプロセスとなったか:アメリカにおける時間の地図化の起源
第9章 時間,旅,および戦争景観の地図化
関連情報
Time in Maps From the Age of Discovery to Our Digital Era
Edited by Kären Wigen and Caroline Winterer (The University of Chicago Press刊 2020年)
https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/T/bo52781741.html
書評:
今週の本棚: 本村凌二 評 (『毎日新聞』 2025年11月22日)
https://allreviews.jp/review/7580
https://mainichi.jp/articles/20251122/ddm/015/070/010000c

書籍検索





