メッセンジャーRNAを用いた新しい遺伝子治療 遺伝子をmRNAの形で投与する神経障害の新しい治療法へ
神経麻痺やアルツハイマー病などの神経障害は、根治的治療が困難な難治疾患の代表例です。遺伝子治療は障害された神経細胞を根本から治すことができる重要な戦略ですが、これまでの天然のウィルス(ウィルスベクター)を用いて遺伝子を投与する手法や、天然の遺伝子(DNA)として投与する手法は、遺伝子を投与された細胞自身の遺伝子(ゲノム)を傷つけてしまう懸念があり、治療への応用は困難でした。
メッセンジャーRNA(mRNA)は、通常細胞の中で遺伝子(DNA)からの転写によって産生されるものですが、このmRNAを人工的に合成し、細胞に外部から適切に送達することによって、安全かつ効率よい遺伝子治療を行うことができます。しかし、mRNAは極めて不安定で生体内では急速に分解されてしまうこと、また自然免疫機構を刺激して生体内で強い炎症反応を引き起こすことから、生体内の細胞に直接mRNAを送達することは容易ではなく、これまでmRNAの治療への応用はほとんどありませんでした。
今回、東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの位髙啓史特任准教授と片岡一則教授(大学院工学系研究科兼任)らの研究グループは、高分子ミセル型ドラッグデリバリーシステム(DDS)を用いたmRNA送達システム(ナノマシン)を構築し、mRNAを用いた遺伝子治療により、嗅覚神経障害を生じた動物の神経組織再生、機能回復に成功しました。mRNAを用いた遺伝子治療が神経障害の治療に成功した世界で初めての例です。
本成果により、新しい遺伝子治療用の医薬としてのmRNAの可能性が実証され、今後、多くの神経疾患治療への応用につながると期待されます。
論文情報
Treatment of neurological disorders by introducing mRNA in vivo using polyplex nanomicelles", Journal of Controlled Release Volume 201, Pages 41-48: 2015 (Japan time), doi:10.1016/j.jconrel.2015.01.017.
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