インスリンが遺伝子の発現を制御する仕組み インスリン分泌の時間速化や濃度の変化が遺伝子発現を制御する


インスリンの時間変化による遺伝子発現の選択的制御
発現が増加する遺伝子が追加分泌(血中インスリンの高濃度への速い変動)に応答しやすい一方で、発現が減少する遺伝子が基礎分泌(血中インスリンの低濃度域での変動)に応答しやすいことを示唆しています。
© 2016 黒田真也
東京大学大学院理学系研究科の黒田真也教授らの研究グループは、同大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授らとの共同研究により、効き目が低下すると肥満や糖尿病を引き起こすことで知られているホルモン「インスリン」の濃度や分泌されるタイミング(時間変化)により、遺伝子の発現が変化することを突き止めました。インスリンによって発現が増加する遺伝子群は、高い濃度のインスリン刺激に対してすばやく反応する一方、インスリンによって発現が低下する遺伝子群は低い濃度のインスリン刺激にゆっくり反応します。
インスリンは血糖値を下げる役割のあるホルモンです。血中のインスリンは、食後の血糖の上昇に反応して高い濃度で一過的に分泌される一方、それ以外では低い濃度が持続的に維持されています。このように血中に分泌されるインスリンの濃度の変化は、波の形として表すことができます。
インスリンは代謝など多彩な生理現象を制御しますが、その一部は遺伝子の発現によって制御されていることが知られていました。しかし、食後や食事と食事の間の絶食時によって異なるインスリン分泌の時間変化や濃度によって、どのように遺伝子発現が制御されているのかについては不明でした。
研究グループは、インスリンで刺激した肝がん由来の培養細胞(FAO細胞)と遺伝子の発現を調べることのできるRNA-seq実験を用いて、インスリン刺激に対して発現が増加あるいは減少するすべての遺伝子について、その発現の時間的な変化を表す波形を抽出しました。
その結果、研究グループはインスリン刺激に対して発現を変化させる278種類の遺伝子を同定し、これらをインスリン応答性遺伝子と名付けました。そして、そのうち機能的に重要な役割を担っていると考えられる50以上の遺伝子群を選びました。この遺伝子群には細胞の代謝、増殖や分裂など、細胞にとって重要なプロセスに関与している遺伝子が含まれています。
また、実験と数理モデルを用いた解析から、インスリンの濃度によって遺伝子の発現が変化することがわかりました。具体的には、インスリン刺激に対して発現が増加する遺伝子群は、高い濃度のインスリンに対して比較的すばやく反応すること、インスリン刺激に対して発現が減少する遺伝子群は、低い濃度のインスリンに対して比較的ゆっくりと反応することです。
さらに、インスリン刺激を与えたラットの生体内の肝臓の解析からも、発現が増加あるいは減少するインスリン応答性遺伝子群の一部は、培養細胞と同様の実験結果が得られました。
「私たちは今回インスリンの時間変化や濃度によって遺伝子の発現がどのように制御されているかを初めて明らかにしました」と黒田教授は話します。
「今回の研究で用いた解析手法は、時間的な変化を波の形として測定できる全ての生命現象の解析にも応用できます。また、薬を分泌する時間速化や濃度を制御するような投薬や治療指針を設計できれば、糖尿病などの疾患を効果的に治療できる糸口となりえます」と黒田教授は続けます。
論文情報
Selective control of up-regulated and down-regulated genes by temporal patterns and doses of insulin", Science Signaling Online Edition: 2016/11/23 (Japan time), doi:10.1126/scisignal.aaf3739.
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