小さなあごや低身長、発達遅滞が特徴の新たな希少疾患を発見 細胞内の輸送異常が骨や神経発達に影響


ARCN1関連症候群の症状が生じる分子機構
ARCN1は細胞内の輸送を司るCOPI輸送タンパク複合体の一部である。ARCN1関連症候群ではARCN1遺伝子の変異により、細胞内の輸送が害され、適切に修飾を受けていないタンパク質が細胞内に蓄積し、小胞体ストレスが引き起こされる。そして、コラーゲンもCOPI輸送タンパク複合体で細胞外に輸送されるため、同様に細胞内に蓄積してしまう。その影響で、細胞外に分泌されるコラーゲンも減り、結果として、小顎症や低身長といった症状が引き起こされる。
© 2016 Kosuke Izumi.
東京大学分子細胞生物学研究所エピゲノム疾患研究センターの泉幸佑助教(研究当時、現米国フィラデルフィア小児病院)、同センターの白髭克彦教授らの国際共同研究グループは、小さな顎を含む特徴的な顔つき、発達の遅れと低身長を特徴とする新たな遺伝病(ARCN1関連症候群)を発見しました。そして、この病気は遺伝子異常による細胞内輸送の障害による症状であることを明らかにしました。
次世代シークエンサーの普及によって、従来、診断の難しかった遺伝子の異常による病気の遺伝子診断が簡便に行えるようなってきました。さらに、特に希少疾患の原因となる遺伝子は、生物学的に基本的かつ重要な過程に関わるものが多く、その研究が思いがけない発見に結びつくことがあります。
国際共同研究グループは小さな顎を含む特徴的な顔つき、発達の遅れと低身長という共通した症状の認められた4人の患者の伝子解析により、この病気はARCN1遺伝子の変異で発症している希少疾患であることを示しました。ARCN1遺伝子が作り出すタンパク質は細胞内の分子輸送にかかわっています。ARCN1遺伝子の変異により、細胞内での分子輸送が円滑に行われなくなり、コラーゲンといった骨形成に重要なタンパク質が細胞内に蓄積してしまい、その結果として低身長を含む全身性の症状につながることが明らかとなりました。
今回の一連の研究により、ARCN1遺伝子によって制御されている細胞内輸送が骨や神経の発達にとって重要であること、そしてARCN1関連症候群が生じる分子機構の一端が明らかになりました。この成果は、ARCN1遺伝子を標的とする骨・神経系異常を治療する薬の開発につながる可能性があります。
「長年診断がつかず大変な思いをされていた患者様・ご家族に、やっとのことで診断をつけることができ、そしてその診断に関する情報を提供することができ、嬉しく思っています」と泉助教は話します。「今回明らかになった病気のメカニズムから、将来的に治療につながる研究を目指したいと思っています」と今後の展望を話します。
また、「希少疾患研究は疾患そのものの診断、治療に有益なだけではなく、生物の普遍的な動作原理の解明にとっても重要です」白髭教授は話します。「このような機会を与えていただきました患者さんのご家族に心から感謝します」と続けます。
なお、本成果は長野県立こども病院の西恵理子遺伝科部長、シンガポールKK Women's and Children's Hospitalのマギー・ブレット(Maggie Brett)研究員、フランス国立保健医学研究機構(INSERM)のビンセント・エルゴウジ (Vincent El Ghouzzi)博士らとの共同研究により得られたものです。
論文情報
ARCN1 Mutations Cause a Recognizable Craniofacial Syndrome Due to COPI-mediated Transport Defects", American Journal of Human Genetics Online Edition: 2016/07/29 (Japan time), doi:10.1016/j.ajhg.2016.06.011.
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