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場の変化を読みとる粘菌アメーバの巧みなコミュ力 倍変化検出型の応答とその役割を発見

掲載日:2017年8月3日

© 2017 神野圭太、澤井哲細胞は細胞外にシグナル分子を分泌し、細胞間コミュニケーションを行うが、情報伝達を媒介するシグナル分子の濃度は細胞密度などの環境要因に強く依存してしまう。粘菌細胞は刺激強度の変化の比に対して応答する。この特性によって細胞密度に依存せずに細胞間コミュニケーションが確立する。

粘菌細胞の細胞間シグナリングのイメージ図
細胞は細胞外にシグナル分子を分泌し、細胞間コミュニケーションを行うが、情報伝達を媒介するシグナル分子の濃度は細胞密度などの環境要因に強く依存してしまう。粘菌細胞は刺激強度の変化の比に対して応答する。この特性によって細胞密度に依存せずに細胞間コミュニケーションが確立する。
© 2017 神野圭太、澤井哲

東京大学大学院総合文化研究科の澤井哲准教授らの研究グループは、細胞性粘菌キイロタマホコリカビの集合過程で行われる細胞間コミュニケーションにおいて、個々の細胞が、誘引シグナル分子濃度の絶対値ではなく、濃度の「変化の比」に対して応答していること(「倍変化検出」)、これによって幅広い細胞密度において細胞間コミュニケーションが実現されることを明らかにしました。この発見は、感染や免疫反応、発生など、細胞外シグナル分子濃度が不確定になりやすい状況において、いかに再現性よく頑健に細胞間コミュニケーションが実現されるかの基礎的理解に寄与することが期待されます。

生物では多くの場合、多少の環境の変化に動じることなく増殖や発生が進行します。これは「頑健さ」と呼ばれ、非生物や人工物には見られない生物らしい特徴の一つです。

今回研究グループは、社会性アメーバと呼ばれる細胞性粘菌が、なぜ、細胞数密度が違う条件下でも細胞間でコミュニケーションをとり続けることができるのか、という問いに取り組みました。

30年前にブリュッセル自由大学のアルベルト・ゴールドベーター教授らによって提唱された標準理論によると、細胞間コミュニケーションは狭い細胞数密度でのみ確立されるはずです。これは、実際の振る舞いとの大きな矛盾だったのです。

細胞組織レベルの機能の背後には、細胞間コミュニケーションが重要な働きを担っています。細胞はシグナル分子を細胞外に分泌し、これを受け取った他の細胞が、さらにシグナル分子を放出、あるいは分解するなどして、細胞集団の協調的な運動や、分業などを行います。こうしたコミュニケーションが円滑に行われるためには、電話線のようにしっかりとした通信媒体が理想的のように思われます。ところが細胞間コミュニケーションの多くでは、細胞外の液体中を自由に漂うシグナル分子が用いられるため、環境(細胞の密度等)の変化によってその濃度が大きく変わってしまいます。このような状況であっても、安定したコミュニケーションがいかにして達成できるのか、これまでよくわかっていませんでした。研究グループは蛍光顕微鏡による細胞応答の定量的測定から、「倍変化検出」型の応答特性を明らかにしました。これは、刺激の大きさ1から2への変化と2から4への変化(ともに2倍変化、ただし「変化の差」は異なる)が同一の応答を引き起こすということです。この性質があると、細胞密度が変わっても集団の振る舞いが変わらないことを理論的解析から導き出しました。「変化の比」に対する応答は、ヒトの五感においても重要であることからも、今回の結果は、階層や種を問わない生物の普遍的な情報処理特性を示唆しています。

「数学/物理と生物の両方に興味と才能を持った大学院生の神野圭太、近藤洋平ら共著者と出会えたのは幸運でした。数万匹の細胞がコミュニケーションの結果作り出す時間的、空間的パターンは、一見決して単純に見えませんが、実験データが意味する非常にシンプルな数学的原理との関係が導き出されます」と澤井准教授は話します。「細胞間コミュニケーションの研究はまだ少なく、定量的な分析がなされた例は極めて稀です。今回の発見が、近隣の分野の研究を刺激して、細胞間コミュニケーションに隠れている普遍性の理解へと発展することを期待しています」と続けます。

プレスリリース [PDF]

論文情報

Keita Kamino, Yohei Kondo, Akihiko Nakajima, Mai Honda-Kitahara, Kunihiko Kaneko, Satoshi Sawai, "Fold-change detection and scale invariance of cell-cell signaling in social amoeba", Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA Online Edition: 2017/05/10 (Japan time), doi:10.1073/pnas.1702181114.
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