RNAの化学修飾が遺伝暗号を変える 変則遺伝暗号の成立に関わる新規トランスファーRNA修飾塩基の発見
東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の長尾翌手可助教と鈴木勉教授らの研究グループは、棘皮動物由来のミトコンドリア内で、トランスファーRNA(tRNA)という遺伝暗号を解読するのに必須なRNA分子にこれまで知られていない修飾塩基を発見しました。この塩基が、遺伝子からタンパク質を作る過程(翻訳)の場であるリボソーム上で、変則暗号の解読に重要な役割を担っていることを明らかにしました。
1960年代に遺伝暗号表が決定されて以来、すべての生物は共通の遺伝暗号、すなわち,普遍暗号を用いてDNAからタンパク質へ遺伝情報を変換すると信じられてきました。このことは生物一元説の大きな根拠にもなっています。ところが、動物の細胞が用いるエネルギーを生産する細胞内小器官であるミトコンドリアの翻訳系では、しばしば普遍暗号から逸脱した変則暗号が見つかり、遺伝暗号は普遍ではなく変化しうるものであると認識されるようになりました。生物が進化の過程で変則暗号を獲得するためには、tRNAの転写後修飾が重要な役割を担っていると考えられています。ヒトデやウニなどの棘皮動物のミトコンドリアでは普遍暗号とは異なり、通常はアミノ酸のリジン(Lys)を指定するAAAコドン(遺伝暗号)がアスパラギン(Asn)という別のアミノ酸を指定するよう暗号変化しています。過去の研究において、アスパラギンに対応するtRNAであるtRNAAsnがアンチコドンの2字目にシュードウリジン(Ψ)を獲得することによりAAAコドンを解読するようになることが明らかにされていましたが、リジンに対応するtRNAであるtRNALysがどのような機構によりAAAコドンの誤認識を防いでいるかについてはわかっていませんでした。
研究グループは、キタムラサキウニからリジンに対応するミトコンドリアtRNALysを単離精製し、高感度質量分析法を用いた解析を行ったところ、アンチコドンの隣接部位に新規の修飾塩基であるヒドロキシ-N6-スレオニルカルバモイルアデノシン(ht6A) を発見しました。リボソーム上におけるtRNAのコドン認識能を評価したところ、この修飾塩基はAAAコドンへの結合を抑制する役割のあることが判明しました。以上の結果から,棘皮動物のミトコンドリアにおいてリジンに対応するtRNALysが新たな修飾塩基を獲得することによりAAAコドンの暗号変化に寄与したと考えられます。
本発見はRNA研究に新しい知見を提供するだけではなく、変則遺伝暗号の成り立ちとtRNAの化学修飾が密接に関わっていることを示唆するものです。
「“見たことがない分子量の塩基がある!”わずか16ダルトンの質量の差を手掛かりに新しい修飾塩基を発見し、その機能を探すのは冒険に似た興奮がありました」と長尾助教は話します。「酸素原子一つが遺伝暗号を左右するという事実は生化学的にも進化学的にも大変興味深いものでした。今後も生命を構築するメカニズムを追求していきたいです」と今後の展開に大きな期待を寄せます。
論文情報
Hydroxylation of a conserved tRNA modification establishes non-universal genetic code in echinoderm mitochondria", Nature Structural & Molecular Biology Online Edition: 2017/08/07 (Japan time), doi:10.1038/nsmb.3449.
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