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2020年 五神総長年頭挨拶

掲載日:2020年1月1日

新年、明けましておめでとうございます。

令和として初めての新年を迎えました。年頭に当たり、昨年の台風や河川氾濫等の未曾有の自然災害で被災し、住み慣れた家からの避難を余儀なくされ、未だ困難な生活を強いられている方々に、一日も早く安心できる日々が戻ってくることを願っています。

さて、今年はいよいよオリンピック・パラリンピックが開催されます。私たちは、何気なく毎日を暮らしていますが、その社会には、さまざまな障がいを抱え、生きづらさと向かいあいつつ努力している人びとがいることを忘れてはなりません。東京大学憲章には「国籍、民族、言語等のあらゆる境を超えた人類普遍の真理と真実を追究し、世界の平和と人類の福祉、人類と自然の共存、安全な環境の創造、諸地域の均衡のとれた持続的な発展、科学・技術の進歩、および文化の批判的継承と創造に、その教育・研究を通じて貢献する」と謳っています。誰ひとり取り残すことのない「インクルーシブ」、包摂的なより良い社会をつくることに貢献するという使命が東京大学にはあるのです。この全学的な追求の方向性を「志ある卓越。」という標語に託しました。140周年記念の企画として、募集し一昨年2月に定めたものです。私はとても良い標語だと感じています。なによりも「志ある」ことが大切で、「卓越」とはひとりだけが他を振り捨てて、抜きんでていればよいのではありません。世界の人びと、未来の次世代とも共有できる高い志をいだき、その思いを伝えたい多数の多様な他者とともに実現していく姿勢こそが、成果としての卓越に栄光と名誉をもたらす。そうした他者への思いが込められた志の崇高さなしに、包摂的で調和的な発展を世界に生み出すことはできないでしょう。

たしかに世界は今、経済、政治、社会のあらゆる面で大きく、急速に変貌しつつあります。この変化をもたらしたのは20世紀半ばのトランジスタの発明に端を発する半導体エレクトロニクス技術、そしてその応用として発展したコンピューターやインターネットなどの情報通信技術です。これらの新技術は、私達が存在する実空間すなわちフィジカル空間に加えて、サイバー空間というあらたな空間を生みだしました。今、この二つの空間の融合が進むなかで、社会の様相は劇的に変わり、それはデジタル革新と呼ばれています。このデジタル革新により、社会は、モノが経済的な価値を担っていた資本集約型から、知識や情報そしてそれを組み合わせたサービスが価値を担う知識集約型へと、その基本枠組みをシフトさせつつあります。我が国では、2016年からの第5期科学技術基本計画において、この転換後の来るべき社会の姿を「Society5.0」と表現しました。狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く未来の社会の姿として位置づけています。

Society5.0では、物理空間のさまざまな情報が、デジタル化されてサイバー空間に蓄積され続けられます。この巨大なデータを、瞬時に解析し活用する技術が近年急速に発達しています。これまで難しかった多様なデータの効果的な活用、個々それぞれのニーズを捉えたサービスを提供する可能性が見えてきました。その結果、年齢や障がいのあるなし、あるいは都市と地方の違いといった、さまざまな格差を縮め、全ての人が闊達に活動できるインクルーシブな社会が実現できるのです。Society5.0は、そのようなより良い社会の姿として提起されています。

その一方で、地球温暖化に伴う気候変動や海洋プラスチックの問題など、地球の持続可能性への懸念もいっそう深刻化しています。現代に生きる我々だけでなく、子孫のためにも、グローバル・コモンズ(世界の共有地)として地球を大切に守らなければなりません。デジタル革新が生みだしたさまざまな技術は、インクルーシブな社会を押し進める可能性をもたらした一方で、情報処理や通信により多くのエネルギーを必要とすることで、環境に更なる大きな負荷を与えます。良い社会としてのSociety5.0に向かうためには、この課題に同時に取り組む必要があるのです。

新たなデータ活用の舞台となるサイバー空間は、人類が初めて向かいあうことになった未踏の世界です。さまざまな情報を、国境を越え、瞬時に伝えることができることの恩恵は計り知れません。しかしながら、人権やプライバシーなどの扱い、フェイクニュースの蔓延などを見ると、この新世界の秩序はまだまだ未熟であると言わざるをえません。サイバー空間は、フィジカル空間における人間のさまざまな活動を、善悪を含めて投影したものとも言えます。さらに、デジタル革新によって、このサイバー空間は地球を含むフィジカル空間と不可分なものとなっていますので、サイバー空間が荒れ果てていては地球のコモンズを守ることは出来ません。法的な規制や取り締まりの強化だけで、サイバー空間に望ましい社会秩序や公共性をもたらすことは不可能でしょう。サイバー空間についてもグローバル・コモンズであると認識するとともに、みなでそれを守り育てていこうという強い意思と行動が不可欠なのです。そのためには、幅広い知を文理の枠にとどまらず総合的に活用し、それらの問題の本質をあぶり出し、その解決の道を探らねばなりません。これは現代が大学に求める重要な役割です。

東京大学ビジョン2020では、140年にわたる継続的な国民からの支援の蓄積を最大限に活用し、次世代の人類社会をどう導き、その中で日本をどう輝かせるのかの駆動力となることが、東京大学の歴史的責務だと掲げています。そのために、教育、研究、社会連携、組織運営においてさまざまな取組を進めてきました。

教育では、学部前期課程から大学院までのすべての段階でさまざまな挑戦と改革を進めています。前期課程においては、学問の最前線に直接にふれるなかで、より幅広く学ぶという理念のもと、「アドバンスト理科」コースを新設しました。世界の最前線で活躍している気鋭の若手教員と大学1、2年生が直接対話しながら最先端の学問領域を学ぶ科目を導入しました。今大変な話題になっている量子コンピューターについても、原理からプログラミングまでを学ぶコースがスタートしました。また、大学院では、修士・博士一貫型の「国際卓越大学院教育プログラム(WINGS)」を創設し、各分野で活躍する教員が、研究科・研究所の枠を超えた教育プログラムを提供しています。

世界の多様な人びとと協働できる人材の養成のためには、外国語教育の強化は不可欠です。そこで、昨年度から国際総合力認定制度(Go Global Gateway)を導入し、IELTS、TOEFLなどの英語能力試験の受験や、学内のさまざまな国際交流活動、海外体験活動、グローバル・インターンシップ、留学等への参加を通して、国際総合力のポートフォリオを高めていくという仕組みを作りました。今年度新入生のうち約1,300人(41%)がこの制度に登録しています。今後さらにメニューを充実させるなかで、多くの学生の参加を期待しています。

国際的な社会連携としては、韓国のSKグループがスポンサーの学術振興財団 Chey Institute for Advanced Studiesと共同で国際会議「Tokyo Forum(東京フォーラム)」をスタートさせました。世界各地からの研究者、政策決定者、経営者や実業家、NPOのリーダーなどが結集し、現代の世界が直面しているさまざまな課題の解決と、未来の地球と人類社会のあり方について、自由に意見交換ができる場を提供するものです。総合テーマとして“Shaping the Future” を掲げ、今後10年間にわたって、年次開催することに致しました。昨年12月に行われた第1回東京フォーラムでは活発な議論が交わされました。本フォーラムが、人類が直面している、もしくはこれから直面するさまざまな課題を解決していく国際的な場として育つことを期待しています。

運営面では、総長就任以来、運営から経営へ、産学連携から産学協創への転換をめざした改革を一貫して進めてきました。その流れのなかで、社会連携講座の積極的な設置はもとより、より良い社会を協創するパートナーとして組織レベルでの産業界との連携を積極的に進めています。一昨年のダイキン工業に続いて、昨年は台湾のTSMC、ソフトバンク、IBMと新たに連携協定等を締結しました。これらは、本学が持つ人文社会科学系や先端科学系を含む卓越した知見と、各企業が持つ強みとが連携することによって、半導体、AIや量子技術等における先端技術の発展のみならず、新たな社会価値や持続的成長を実現する全体的な社会モデルをともに生み出すことを目指すものです。また柏IIキャンパスでは、産業技術総合研究所柏センターの本格運用も開始されました。知識集約型社会の核となる大学の優れた成果を継続的に発信できる拠点となるでしょう。

もうひとつ強調したいのは、人種・性別・国籍・障がいの有無などの個人の属性によって差別されることなく、誰もが活躍することができるインクルーシブなキャンパスの実現です。本学では現在、649名の外国出身者が教職員として教育・研究に携わっています。本学に関わる全ての人が、言語や慣習の違いによる障壁を感じることなく活躍できる環境を整備することは、世界に開かれた大学の根幹をなす理念としてますます重要となっています。

構成員の多様性という観点においては、ジェンダー比が男性に大きく偏り、バランスが極めて悪いことを大変深刻に捉えており、その改善は急務です。住まい支援や奨学金制度等による女子学生への支援、学内保育園の充実やサポート要員の配置による研究活動と家庭生活の両立の支援等を進めています。昨年には、企業等の重要意思決定機関に占める女性割合の向上を目的とした世界的キャンペーンである「30% Club Japan」に発足メンバーとして参画しました。これらの取組は、まだまだ成果が見えるところまでには至っていませんが、今年も手を緩めずに進めていきたいと思っています。

外国籍の学生の数は増え続けており、留学生の受け入れ数がこの10年でそれ以前のおよそ1.5倍になりました。これに伴い、生活面・精神面や就職活動へのサポートの充実にも取り組んでいます。また、障がいを持つ構成員についても、多目的トイレへの改修を進めるなど、キャンパスで活動する上でのバリアを出来るだけ取り除く試みを進めています。多様性をもった構成員がそれぞれの個性を存分に活かし、キャンパスで闊達に活動を行うことは、より良いインクルーシブな社会づくりの第一歩だと考えるからです。

しかし、何よりも大切なのは、一人一人の構成員が持つ意識の改革と自覚です。本学の全ての構成員が、互いの異なる背景と価値観を尊重するということがインクルーシブな社会の実現に向けて最も大切であることを理解し、行動してくださるよう、お願いしたいと思います。

東京でのオリンピック・パラリンピック開催が近づいてきました。世界中から東京に集まる方々がともに平和の価値を感じ、文化・スポーツを楽しむことができる素晴らしい機会となるでしょう。そして、その先に見えてくるSociety5.0の実現にむけて、大学が果たすべき役割はさらに大きなものになっていくと確信しています。その期待に応えられるよう、引き続きたゆまぬ努力を重ねていく所存です。皆様には益々のご支援をお願いするとともに、新しい年が良い年になるよう心よりお祈り申し上げます。
 

2020年1月1日
東京大学総長
五神 真
 

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東京大学総長 五神 真

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