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見えてきた「宇宙のはじまり」 ビッグバン直前の一瞬を説く「インフレーション理論」

掲載日:2015年5月14日

宇宙のはじまりは138億年前。超高温・超高密度の火の玉「ビッグバン」の急膨張により誕生したとされています。では、ビッグバンはどうやって起きたのでしょうか。その謎の答えだとされているのが、ビッグバン直前の”宇宙のはじまりの瞬間”をとらえた「インフレーション理論」です。

図1:138億年前のインフレーションから現在まで © 2015 東京大学

図1:138億年前のインフレーションから現在まで
ビッグバン以降は膨張が緩やかになり、徐々に温度も下がっていきます。ビッグバンからおよそ38万年後より前までの宇宙ではまだ高温で光も直進できないため、現在の私たちまで光は届かず観測することができません。しかし「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれる38万年後からは温度が下がり光は直進できるようになり、現在の私たちまで光が届くようになります。このときの光が宇宙背景放射です。
© 2015 東京大学

1981年に東京大学の佐藤勝彦名誉教授(現・自然科学研究機構長)が発表したインフレーション理論は、宇宙誕生の10-36秒後から10-34秒後という超短時間に、極小だった宇宙が急膨張し、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉になったと説明する理論。米国のアラン・グースが、ほぼ同時期に同じような理論を提唱しています。

インフレーション瞬間の膨張速度は、シャンパンの泡1粒が、光速より速い、一瞬のうちに太陽系以上の大きさになるほど急速です。その爆発的な膨張速度から、佐藤名誉教授は「指数関数的膨張モデル」と名付けました。

「素粒子物理の理論で宇宙のはじまりを説明したかった」と当時を振り返ります。

真空エネルギーと相転移

素粒子物理学では何もない空間、「真空」にも水が氷に変わる(相転移)ように高いエネルギーを持った真空が低いエネルギーの真空に相転移をするとしています。インフレーション理論は、誕生直後の宇宙は真空のエネルギーが高く、これに互いに押し合う力(斥力)が働いて宇宙は急激に膨張すると説明します。真空のエネルギーに満ちた空間は互いに押し合うことをアインシュタインの相対性理論が示しているからです。急激に膨張した宇宙では相転移がおこり、水が氷に変わるときに熱が放出されるにように真空のエネルギーも相転移によって膨大な熱エネルギーを放ち、この熱によって宇宙は超高温の火の玉(ビッグバン)になったのです(図1)。

インフレーションの証拠を求めて

図2:宇宙背景放射に現れる偏光パターン © 東京大学

図2:宇宙背景放射に現れる偏光パターン
インフレーションからの重力波の痕跡だとされる、「Bモード」と呼ばれるねじれた渦巻きパターンが宇宙背景放射に現れると考えられている。
© 2015 東京大学

インフレーション理論は正しいのか。その証拠を見つけようとする観測研究が活発化していきます。

NASAが打ち上げたCOBE衛星やWMAP衛星の観測によって、2000年代にはインフレーション理論の予測と一致する結果が得られました。これによって、インフレーション理論はビッグバンを裏付ける、宇宙誕生のストーリーとして広く認められることになりました。「観測データがインフレーション理論からの予言と見事なほどに一致しているのを見たときは、本当に感動しました」と、佐藤名誉教授は今も興奮冷めやらぬ様子です。

インフレーションの証拠となる重力波

しかしインフレーション理論の決定的な証拠はまだ見つかっていません。インフレーションほどの急膨張であれば、巨大な星の爆発など、質量を持った物体が運動するときに生じる時空の歪みを光速で伝える「重力波」が生じるはずです。しかし、地球に届く重力波は極めて微弱で、直接の観測は困難です。

理論的には、観測できる最古の光だとされる「宇宙背景放射」に現れた特殊なパターン(模様)から、間接的に「インフレーションの痕跡」を見つけ出すことができると考えられています。宇宙誕生のときに発生した重力波が宇宙背景放射にぶつかり、そこに独特の渦巻き模様を作り出しているはずだというのです(図2)。渦巻き模様が見つかれば、強力なインフレーションの証拠となります。

図3:チリ・アタカマ高地に設置されたPOLARBEAR望遠鏡 CREDIT: KEK/POLARBEARコラボレーション

図3: チリ・アタカマ高地に設置されたPOLARBEAR望遠鏡
日本、米国、カナダなどの国際研究グループで、南米チリ・アタカマ高地(標高5200m)に設置された直径3.5mの望遠鏡を使って宇宙背景放射の偏光観測を行う。
CREDIT: KEK/POLARBEARコラボレーション

世界では、この痕跡を探そうという観測プロジェクトが10以上もあります。米国ハーバード大学などが南極に設置した望遠鏡「BICEP2」で地上から観測を行う一方、欧州宇宙機関(ESA)が打ち上げた「プランク衛星」は宇宙から観測(全天調査)。日本でも、東京大学や高エネルギー加速器研究機構が中心となって観測に取り組んでいます(図3)。

「重力波の痕跡にはインフレーションのメカニズムに関する重要なインフォメーションが含まれているはずで、未知とされるダークエネルギーについての知見を得るきっかけにもなるかもしれません。超弦理論の裏付けになる可能性もあります。また将来的には、直接重力波を観測できるかもしれません」と、目を輝かせる佐藤名誉教授。インフレーションからダークエネルギー、その先の究極の理論まで。宇宙への思いは、時を経てもなお衰えることはないようです。

取材・文:牛島美笛

取材協力

佐藤勝彦名誉教授

佐藤勝彦名誉教授

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