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動物の知られざる生態に迫るバイオロギング 動物の行動データを使って将来的には天候予測の向上も

掲載日:2018年5月18日

大気海洋研究所の佐藤克文教授(50)は幼少の頃から野生動物に魅了されてきました。小学校3年生の夏休みの自由研究で、木工所からおがくずを集めてきては餌としてやったり、カブトムシの子どもを育てたあとそれらの体重を測り、どれぐらい重たいものを引っ張れるか調べたりしていました。

40年たった今も佐藤先生の野生動物への興味や好奇心は衰えることはありませんが、一つ大きく違うことがあります。それは、バイオロギングという動物の生態の謎を解くためのパワフルな道具を持っているということです。

ペンギンは水中で泳ぐとき、海面への浮上の途中で翼を動かすのを完全に止めても滑らかな上昇を続けられることがバイオロギングによって明らかになっている。CREDIT: 2018 Katsufumi Sato.

ペンギンは水中で泳ぐとき、海面への浮上の途中で翼を動かすのを完全に止めても滑らかな上昇を続けられることがバイオロギングによって明らかになっている。
© 2018 Katsufumi Sato.

佐藤先生は、バイオロギングを使った研究の分野で日本で有数の研究者です。バイオロギングとは、小さなデータ記録装置を動物の体に直接取り付け、動物の動き、行動や生理学について詳しく調べる学問手法のことを言います。

子育て中の海鳥が何百キロも飛んで餌場に行ったあと、コンパスもないのに元の巣に戻れるのはなぜでしょうか?ペンギンが水中に潜るとき、浮上の途中で翼を動かすのを完全に止めても滑らかな上昇を続けられるのはどうしてなんでしょうか?バイオロギングによって研究者は、人間の目には見えない動物の行動を明らかにすることでそれらの行動を説明する理論を生み出してきました。

三陸沖を飛行するオオミズナギドリ。CREDIT: 2018 Yusuke Goto.

三陸沖を飛行するオオミズナギドリ。
© 2018 Yusuke Goto.

「バイオロギングは今までのアプローチと全く異なります」と佐藤先生は話します。「従来の生物学では、科学者は何を明らかにしたいのかをまず吟味して、それを明らかにするにはどういう実験をやったらいいのかというのを考え、コントロールした条件下で実験をして明らかにしていくのが一般的な手法です。バイオロギングでは、研究者は調べたいことをまず横においてロガーを取り付けます。得られたデータを見てみると意外なことがわかることがあります」。

さらに将来的には、動物に取り付けられた記録計から収集されたデータが気象予測にも役立つかもしれません。従来の方法ではコストがかかりすぎたり技術的に難しかったりした海上の風の状態と水温のデータを数多く集めることができるからです。

技術の進化

バイオロギングの歴史は1964年に遡ります。アメリカ人の生物学者、G.L.クーイマン博士がキッチンタイマーを改良したものを使って南極のウェッデルアザラシの潜水の深さと長さを測定したことが2004年の国立極地研究所の内藤靖彦教授(当時)の論文に書かれています。内藤先生は日本におけるバイオロギング・サイエンスの先駆者です。

1980年代末から1990年代始めにかけ、技術的な「革命」が起こり、データロガーは格段に小型化、軽量化しました。

ロガーを装着したウェッデルアザラシ。1999年、南極大陸の昭和基地にて。CREDIT: 2018 Katsufumi Sato.

ロガーを装着したウェッデルアザラシ。1999年、南極大陸の昭和基地にて。
© 2018 Katsufumi Sato.

現在使用されているロガーはデジタルで、温度、圧力、照度を測ることができるほか、ビデオも撮ることができます。多くの機器には位置を判断するGPSセンサーや、歩数を測るためにスマートフォンに搭載されているのと同様の3軸加速度センサーがついていて、たとえばペンギンが翼を振る回数や海鳥が羽を動かす様子など、動物の動きを数値化することができます。

内藤先生や佐藤先生など、日本の研究者はバイオロギング・サイエンスの発展に重要な役割を果たしてきました。2003年にこの分野で初めての世界会議を日本で開催したことがその一例です。この会議において、動物の生態観察のためにデータロガーを使うことを「バイオロギング」と呼ぶことが決まりました。

成功に至るまでの失敗の数々

佐藤先生は、データロガーの進歩とともに業績を上げてきましたが、ここまでの道のりは平坦ではありませんでした。

1990年、京都大学農学部の卒業論文で、内藤先生が開発したロガーを使った実験についてまとめましたが、これが佐藤先生にとって初めてのバイオロギング体験でした。

当時、徳島県の浜辺で、2頭のウミガメに深度計と水温計が入った装置を甲羅に取り付け、体内の温度を調べるため温度計を飲み込ませました。ところが、一頭のロガーは5日後に近くの定置網に引っかかって戻ってきました。もう一頭とロガーは戻ってきませんでした。

「そこで失敗したので意地になりました」と佐藤先生は振り返ります。

修士課程に入り、今度は和歌山県にフィールドを移して、再度2頭のウミガメにロガーを取り付けましたが、そのうちの一頭はまたもや戻って来ず、もう一頭は胃の中の温度計を吐き出してしまい、いいデータが取れませんでした。

「そのとき、今までのロガーの取り付け方が亀にストレスを与えていて、そのせいで戻ってこなかったかもしれない、と考えました」と佐藤先生は言います。

2012年、データロガーを装着しようと小笠原諸島でクジラに近づく青木かがり先生。CREDIT: 2018 Kagari Aoki.

2012年、データロガーを装着しようと小笠原諸島でクジラに近づく青木かがり先生。
© 2018 Kagari Aoki.

そこで、より負担の少ない方法を考え、ウミガメの甲羅に寄生するフジツボに似た台座をつけて、その上に機器を固定しました。2年間の試行錯誤を経て、ロガーを取り付けた4頭全てから良いデータを取れるようになりました。

「失敗して、工夫して、また失敗して、また工夫したらうまくいった、というプチ成功体験を繰り返したおかげでのめり込んでいきました」。

現在、佐藤先生によると、バイオロギングは世界中の数百人の研究者によって使われていて、日本にも20人以上の研究者がいます。しかし、まだメジャーな手法であるとは言えません。一つの動物種を何十年も研究している学者達からは「邪道」と見なされることも多いといいます。

哺乳類、カメから鳥類までを一つの研究室で

それでも佐藤先生はバイオロギングにこだわります。2004年、大気海洋研究所の教員として岩手県大槌町の国際沿岸海洋研究センターに着任し、現在は10人の学生、5人のポスドク、二人の教員を柏キャンパスの研究室に抱えます。研究室では哺乳類、海鳥、ウミガメから大型魚に至るまで、ありとあらゆる動物をバイオロギングを使って研究しています。

2011年、マッコウクジラの体にデータロガーが装着された瞬間。CREDIT: 2018 Ryo Ishii.

2011年、マッコウクジラの体にデータロガーが装着された瞬間。
© 2018 Ryo Ishii.

青木かがり助教(38)はクジラ、イルカ、アザラシを研究しています。青木先生は大学の時、ホエールウオッチングツアーで訪れた小笠原諸島でクジラの巨大な姿に魅せられてクジラを研究する決心をしたと言います。

「クジラがいったん潜ってしまったら何をしているのかは解明されていません。人間が追尾することはできないからです」と青木先生は話します。「バイオロギングができるまではどれぐらい速く泳げるのかもわかってなかったんです。いろんな深さに潜るクジラがいて、時間をかけてそれぞれの生存戦略を身につけたのだろうと思われます。私はそれぞれのクジラがどんな戦略を持っているんだろう、ということに興味を持って研究してきました」。

青木先生の研究の一つに、マッコウクジラの行動に関するものがあります。マッコウクジラは歯を持つクジラの中で最大で、深度2000メートルまで潜ることで知られていますが、ロガーのデータによって、ときおり海上近くで頭もしくは尾びれだけが水面下に潜った状態で垂直に浮いているという「変な姿勢」でじっとしていることがわかりました。

「じっとしているのでおそらく彼らは寝ているんじゃないかと思われます」と青木先生は語ります。「クジラがどう眠るかといったことは、基本的なことなんですがわかっていなくて、バイオロギングで初めて説明できるようになりました」。

尾びれを海上に見せるマッコウクジラ。2006年、熊野灘沖にて。CREDIT: 2018 Kagari Aoki.

尾びれを海上に見せるマッコウクジラ。2006年、熊野灘沖にて。
© 2018 Kagari Aoki.

同じ佐藤研究室の大学院生である木下千尋さんはアカウミガメを専門としていて、アカウミガメの代謝速度が地域によって大きく異なることについて研究しています。

「北太平洋のアカウミガメの越冬戦略は地中海のアカウミガメの越冬戦略と全然違うんです」と木下さんは言います。「地中海のカメは水温が下がると不活発になってしまうのですが、北太平洋のカメはすごく活発です。同じカメでなぜ違うのか、その生理的な背景を調べています」。

研究の「副産物」

これまで、バイオロギングは動物の生態や生理を調べるのに主に使われてきましたが、最近はまったく違った方面の、気象予測への応用の可能性が注目を浴びています。

博士研究員である後藤佑介さん(31)は、海鳥、特にオオミズナギドリの研究をしています。後藤さんは海鳥にGPSを取り付け、北海道まで餌を取りに飛行した後に岩手県沖の島にある巣に戻ってくる過程の海鳥の毎分ごとのデータから海上の風の方向と風速を推定しました。

2017年、岩手県沖の無人島、船越大島にてオオミズナギドリを抱く後藤佑介さん。CREDIT: 2018 Katsufumi Sato.

2017年、岩手県沖の無人島、船越大島にてオオミズナギドリを抱く後藤佑介さん。
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これらのデータは海鳥の移動戦略を理解するのに役立つのみならず、気象予測の質も大きく向上させる可能性がある、と海鳥の研究で今年3月に東京大学総長賞を受賞した後藤さんは話します。

後藤さんを含む佐藤研のメンバーは、過去2年半にわたって、動物に取り付けたロガーから収集したデータがスーパーコンピュータに取り込まれたときに実際に気象予測を改善するかどうかを他機関の研究者との共同研究で調べています。

現在、海上風に関するデータは非常に限られていると佐藤先生は話します。なぜなら、人工衛星は一日2回しか同じ場所のデータを集めることができず、また海岸から100キロ以内の海上も、海岸近くの岩や硬い物体に衛星の電波が乱反射されるためデータが取れないからです。

海洋気象ブイも水深3000メートルもある外洋では海底に固定できないので実用的ではありません。しかし動物に搭載したロガーなら、大きな移動距離をカバーし、気象シミュレーションに必要なビッグデータを提供できるかもしれないのです。

「気象科学に寄与できる可能性のあるこれらの情報は我々の研究の副産物です」と佐藤先生は話します。「でもその副産物にはものすごい価値があります。動物のデータを入れたら天気予報がよくなるなんて、痛快じゃないですか?」

取材・文:小竹朝子

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