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人文社会科学での議論に触れて |  総長室だより~思いを伝える生声コラム~第21回

掲載日:2019年4月26日

東京大学第30代総長 五神 真

人文社会科学での議論に触れて

 

 今回は、「人文社会科学振興ワーキング・グループ報告書」(2019年3月25日)についてお話しします。この報告書は、石井洋二郎前理事・副学長、森山工副学長の下で、文系の先生方が当事者としてじっくり時間をかけて議論し、まとめたものです。

 私は、総長として東京大学の学術における人文社会科学の重要性を常に意識して来ましたが、専門が物理ということもあり、文系の先生方自身による本格的な議論に触れるのは初めてでした。しかし、本学が重視しているSDGsと人文社会科学との関わりについて、第一章で紹介された議論は読み応えがありました。これを読んだある理系の先生が、受験時代の現代国語の問題を思い出す、と述べられたように、気楽に読める文体ではありません。にもかかわらず、落ち着いてきちんと読むと先生方の熱い思いがひしひしと伝わってきます。まず、「人文社会科学系」と一口に呼ぶことが多いものの、人文学(humanities)と社会科学(social sciences)は分けて捉える必要があるということが論じられます。法学や経済学、社会学などをはじめとする社会科学は自然科学と共通の仮説検証的な特徴を持つ一方、哲学や史学、文学といった人文学は問題発見的であり、仮説発想的な特徴を持っている。そして、社会科学は「社会実装」において、人文学は「社会構想」という点において優位性があるとされます。文理を問わず近代の他の学問が検証と応用を重視する「科学」に依拠しているのに対し、人文学はそこに留まらず愛や喜びや絶望をも含めた人間本性(nature)に迫ろうとする際立った特性があるというのです。だからこそ「言葉」が重要になります。物理学では、精緻な論理を構築するために数学がまさに言葉として使われますが、人文学では多義性が不可避な自然言語を道具とするがゆえに、行間や言葉の奥深くにある真意を探っていくという緻密で繊細な知的作業が必要となり、それを通じてこそ想像力・創造力が研ぎ澄まされるのでしょう。しかし、これは自然科学の中にも存在すると私は感じています。宇宙の成り立ち、知性の原理を探るといった、研究の最前線では、跳躍的な創造力が新たな学問を生みだしています。各分野の特性をより深く理解する不断の対話と解読の営みがあってこそ、「科学」をめぐる境界をも越えた真に新しい学問を生みだすことができるのだろうと思います。本報告書を読んで、改めてそうした思いを強くしたところです。

「学内広報」1521号(2019年4月22日)掲載
 

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