1,000兆回の衝突で、宇宙誕生の謎に迫るヒッグス粒子を発見。 | UTOKYO VOICES 020
大学院理学系研究科 物理学専攻 素粒子物理国際研究センター 教授 浅井祥仁
1,000兆回の衝突で、宇宙誕生の謎に迫るヒッグス粒子を発見。
2012年7月4日、世界中の物理学者が固唾を呑んで待っていたヒッグス粒子発見のニュースが駆け巡った。1964年に存在が予言されてから半世紀、「標準理論」に含まれる17種類の粒子のうち最後のヒッグス粒子が発見されたのだ。
ジュネーブにあるCERN(欧州合同原子核研究機関)の世界最高エネルギーを誇る1周27kmに及ぶLHC(大型ハドロン衝突型加速器)によって得られた成果だった。その立役者となった浅井は、「物質に質量をもたらすヒッグス粒子の発見によって、宇宙の進化の起原がわかったのです」と話す。
粒子を観測するATLAS検出器には38ヵ国の研究者約3,000人が関わっており、浅井は日本チームの責任者として世紀の大発見に貢献した。「LHCの中で陽子と陽子を約1,000兆回衝突させて得られたデータ解析結果を見て、これはヒッグス粒子に違いないと思いました。今でも、その時のゾクゾク感を覚えています」と振り返る。
小学校に入る前から理科好きで、4年生のときにはラジオを作り、望遠鏡で星を眺めるのが大好きな少年だった。高校生の時に『星の物理』を読んで初めて天文学と物理が結びついた。それまでは、天文学を学ぶつもりだったが、「もうちょっと広い分野を扱う物理がいいと考え、物理学科に入りました」。
3年の時、2002年にノーベル賞を受賞する小柴昌俊先生の一番弟子である折戸周治先生に出会い、それ以来素粒子研究の道を邁進している。「博士論文のテーマは、最も軽い原子のポジトロニムの寿命測定でした。当時、実験値と理論値がずれており、新しい方法で測定したら理論値どおりであることがわかったのです」と、浅井は研究の楽しさを実感する。
現下の大きな謎の一つが、重力の強さが他の力に比べて40桁ほど弱いこと。現代の理論では説明できないのだ。「それは世界が縦・横・高さに時間を加えた4次元ではなく、10次元かもしれないからです。見えない小さな次元に重力が存在しているのではないか。その次元が見えたら重力が大きくなる可能性があります」と、浅井は考えている。
「衝突実験で小さな次元が見えるサイズになれば、ブラックホールのできる可能性があります。重力を素粒子レベルで理解するのがこれからホットな研究テーマになっていく。重力を量子論的に扱うことで、自然界に存在する根源的な『四つの力』の統一理論ができるかも知れません。この謎を解くのが今後100年の研究テーマです」。正にSFの世界が現実化しつつあるようだ。
大勢の研究者と多額の費用を要する素粒子研究は、世界中で協力しないと実現できない。そのため加速器製作までは共同だが、研究は競争だ。「競争に勝つには山を張るセンスと運が必要です。リソースが限られているので、何でもやりますでは競争に勝てません。センスは、沢山の経験をして痛い思いを積み重ねることで獲得できます」。
「基礎科学は一つわかると十の新しい謎が出てきますが、現在は宇宙誕生の10-11秒後までわかってきました。その先は超対称性と量子重力がわかれば宇宙の成長の様子もわかるはずです」と、浅井は100年の謎解きへの挑戦に胸を躍らせている。
取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬
閃いたらすぐにメモに書く。メモがなければ本の余白にも書く。書いたメモはそのままノートに貼り、本の余白に書いたメモは破ってノートに貼っておく。時々ノートを整理して眺めていると、ほとんどは反省と後悔ばかりだが、十に一つの閃きがそこから新たな研究につながることもある
ゴチャゴチャ考えるとネガティブになって進まないので、とにかくやってみる。失敗することはとても大事。失敗に学ぶことから、新たな挑戦が始まるからだ。学生の失敗も3回までは怒らないようにしている
浅井祥仁(あさい・しょうじ)
1990年東京大学理学部物理学科卒業。1995年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。東京大学素粒子物理国際研究センター助手。2003年東京大学素粒子物理国際研究センター助教授。2013年東京大学大学院理学系研究科教授(現職)。専門はエネルギーフロンティアの加速器を用いた素粒子研究と光を用いた新しい素粒子研究。2012年日本学術振興会賞、2013年仁科記念賞などを受賞。
取材日: 2018年1月19日