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「シュレーディンガーの猫のパラドクス」を解き、光量子コンピュータ実現に挑む | UTOKYO VOICES 040

掲載日:2019年3月4日

UTOKYO VOICES 040 - 大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授 古澤 明

大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授 古澤 明

「シュレーディンガーの猫のパラドクス」を解き、光量子コンピュータ実現に挑む

古澤の名は、量子情報科学の歴史に刻まれている。

1998年、古澤は世界で初めて量子テレポーテーションに成功した。まるで、ある情報が一旦消えて別の場所で再び現れるように見えることからその名がついた量子テレポーテーション。量子の世界特有の「重ね合わせ」や「もつれ」といった不可思議な現象を自在に操る技が求められる。「サイエンス」誌はこの成功をその年の10大成果に選んだ。

古澤はその後も続けざまに量子情報の歴史を塗り替える大ホームランを飛ばしてきたが、「これまでの人生で一番大きな出来事」と振り返るのが、「シュレーディンガーの猫のパラドクス」を実験で解きつつ量子テレポーテーションに成功したことだ。

「量子の世界では2つの状態が同時に存在する。つまり、2つの状態が『重ね合わせ』になっているというのが量子力学の考え方。しかしそれなら、量子の集合体である猫も重ね合わせ状態になるということになる。それはおかしいだろう、量子力学は間違っているのではないか? という有名な問いかけです」

古澤は量子(光子)の集合体であるレーザー光線を「猫」に見立て、光の波の山と谷が反転したレーザー光線を重ね合わせることで「猫」の重ね合わせ状態を実現。観測が不可能とされる重ね合わせ状態を、量子テレポーテーションすることに成功した。
「その時はもう、結果をもって駆け込んできた学生と狂喜乱舞しましたよ。まさに特大ホームランを打った瞬間でした」
研究室に貼ってあるその時のグラフを見やり、幸せな記憶に顔をほころばせる。成果を記した論文は2011年の「サイエンス」誌に掲載された。

とはいえ古澤が目指しているのは、量子力学の正しさの実証ではない。「僕にとって量子力学はツールに過ぎない」と涼しい顔で言う。

実現したいのは、次世代スーパーコンピュータの能力をもはるかに凌駕する量子コンピュータだ。量子の状態を操る技術はそのために磨いてきたもの。量子コンピュータは1980年には「実現まで100年はかかるだろう」と予言されていた夢のような存在だったが、近年、急速に研究が進み始めた。

ライバルは世界中の研究者に加え、GoogleやIBMなどの巨大企業。相手は巨額の資金をもつ巨人で、こちらは一桁少ない研究費で勝負する。しかし古澤はいかにも楽しげだ。「研究は最高のスポーツですから。勝ち負けを含めて楽しくてしかたないです。スポーツだって、真剣勝負が一番楽しいでしょう?」

だから古澤は常にフルスイングする。三振は気にしない。それどころか、「ヒットもいらない」と言い切る。

「2~3年で成果が出る、送りバントのような研究をやっていてもブレークスルーは起こせない。物理の世界では圧倒的な一番だけが価値をもつんです。そこそこの結果は存在しないのと同じ。ヒットはホームランの当たり損ないです」

古澤が手がける光量子コンピュータは常温で動かせ、量子もつれを維持しやすいことが強みだが、回路が大規模になるという課題もあった。しかし、つい先ごろこの課題の解決にめどがついた。「これも大ホームランでした」と古澤は笑みを浮かべた。

次なるホームランに向け、古澤はバットを大きく後ろに引く。その肩口には、量子コンピュータ実現に一番近いのは自分の研究だという自信がみなぎっている。

(小物)量子もつれの模型

Memento

量子コンピュータの実現に欠かせない「量子もつれ」の模型。「個々の量子が複数の量子ともつれている状態を図で説明するのは難しいので3Dプリンタで作りました」。研究支援の寄附呼びかけの際にも活躍している。

(直筆コメント)エンジョイ

Maxim

実験は気の遠くなるような細かい作業と検証の積み重ね。成功のめどがまるで立たないこともある。でも、それは苦痛ではない。「楽しいから続けられるんです。学生にも、『失敗してもいいから楽しめ』と言っています」

プロフィール写真

Profile
古澤明(ふるさわ・あきら)

1986年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、(株)ニコンで研究所勤務。1991年東京大学大学院にて博士号取得。カリフォルニア工科大学客員研究員、東京大学助教授を経て2007年より現職。1998年に世界初の条件なし量子テレポーテーションに成功。以降、光を用いた大規模汎用量子コンピュータの実現を目指して量子情報科学をリードする成果を上げ続けている。2016年紫綬褒章ほか受賞多数。趣味はスキーとウインドサーフィン。
光量子コンピュータ研究支援基金:http://utf.u-tokyo.ac.jp/2018/05/post-f237.html

取材日: 2018年12月7日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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