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自分探しの延長で始めた研究が、社会に蔓延する冷笑主義を打ち破る。| UTOKYO VOICES 065

掲載日:2019年6月13日

UTOKYO VOICES 065 - 大学院教育学研究科 比較教育社会学講座 准教授 仁平典宏

大学院教育学研究科 比較教育社会学講座 准教授 仁平典宏

自分探しの延長で始めた研究が、社会に蔓延する冷笑主義を打ち破る。

国が福祉施策を民間に委ねる新自由主義が時代の潮流となっている今、ボランティアなどの社会参加の動きがなぜ広がっているのか。その問題をボランティアに関する100年の言説の変化から実証した仁平も、かつては社会に関心のない1人の青年だった。

大学に入って社会学に関心を持ったが、何を研究すべきか決まらない。「身の回り3メートルのことしか考えずに生きてきたので、社会に対する問題意識が持てず、政治的活動に勤しむ同級生を白い目で見るシニカルな学生でした」。

困った仁平は人類学の教授の「自分にとって一番遠い世界に行きなさい」という助言を受け、知的障害児の施設にボランティアとして通い始めた。その中で、ボランティア活動に邁進する周りの若者たちもまた、政治や社会に特別関心があるわけではないことを知る。卒業論文では自分を投影するかのように、政治に関心のないボランティアについて書いた。

大学院に入ってからは、政治に対する無関心の背景を知りたくなった。手がかりになったのはやはりボランティアだ。活動の性質が昔と変わってきているのではないか。仁平はそう気づいた。

「かつて、生活を共にしながら貧困に苦しむ人々を支援する『セツルメント活動』という社会運動が広がった時代がありました。政治や社会に深く関与していたボランティア活動が、いつどのように変化したのか。それを見極めれば、政治や社会に関心を持たない若者が生まれる背景がわかるのではないかと考えたのです」

仁平は1960年代からの歴史を持つ大阪の団体の資料を読み込み、関係者に話を聞いた。その中で、70年代まで学生運動と肩を並べて、政治的に活動していたボランティアが、80年代に自己実現を目指す方向に変わっていく様子を捉えた。

それを修士論文にまとめ、さらに明治時代に遡って分析した博士論文が著作『「ボランティア」の誕生と終焉』に結実した。加えて、博士課程では国や自治体が責任を持つべき福祉施策を民間に委ねる新自由主義の中で、参加型民主主義と新自由主義との共振を実証的に研究した。

「ボランティアが政治と無関係に活動していると、自己実現などの美辞麗句のもとで、本来、国や自治体が実行すべきことの下請をやらされます。その依存から抜け出すには、70年代に脳性小児マヒ者の当事者団体『青い芝の会』が主張した、ボランティアの所得保障を要求する考え方を復活させることが重要だと提起しました」

仁平が現在、取り組んでいるのは「やりがい搾取」の問題だ。日本社会は、様々な分野で個人の熱意、善意による無償労働(アンペイドワーク)に委ねられてきた。それがやりがい搾取という言葉になり、2020年東京オリンピックのボランティアもやりがい搾取だという批判がある。

同様の観点から、ブラック企業の告発などの視点が形成されてきたことは興味深い。一方で、ボランティアへの冷笑は根強く、芸能人が寄付すると売名行為だと叩かれ、何もしない方が正直者といわれる倒錯した状況もある。

「やりがい搾取とアンペイド依存型社会を批判しつつ、シニシズム(冷笑主義)を打ち破る回路を作っていくことが終生のテーマです。やりがい搾取論と偽善論について、まとまった研究にしたいと考えています」

小物:電子ペーパー

Memento

何百冊もの本や資料、論文が入っている、いわば「マイ・ミニ図書館」。いつでもどこでもアクセスできるので非常に重宝している。思いついたアイデアをぱっと書き留めることもできるので、手放せない。

直筆コメント:「シニシズムをくぐり抜ける」

Maxim

大学院進学以後、ホームレス支援をはじめ様々な運動に取り組んできた。デモをしていると道行く人の冷たいまなざしに気づくことがある。それは、かつて自分の中にあったものだ。だからこそ、その人たちに届く言葉を創ることが自分の役割だと思う。

Profile
仁平典宏(にへい・のりひろ)

東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。2004年より東京大学人文社会系COE特任研究員、日本学術振興会特別研究員PD、法政大学社会学部准教授を経て、2014年より東京大学大学院教育学研究科比較教育社会学講座准教授。専門は社会学。著書に『「ボランティア」の誕生と終焉――〈贈与のパラドックス〉の知識社会学』(名古屋大学出版会、損保ジャパン記念財団賞・日本社会学会奨励賞)など。

取材日: 2019年1月29日
取材・文/菊地原 博、撮影/今村拓馬

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