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光合成研究から次世代太陽電池の開発へ。光エネルギー変換にかけた35年。| UTOKYO VOICES 069

掲載日:2019年7月11日

UTOKYO VOICES 069 - 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系 教授 瀬川浩司

大学院総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系 教授 瀬川浩司

光合成研究から次世代太陽電池の開発へ。光エネルギー変換にかけた35年。

自宅の庭ではミカン、ブドウ、サクランボの木が毎年実をつける。太陽エネルギーの恵みを実感する色彩豊かな光景に瀬川は目を細める。「実のなる植物の成長を見るのが楽しいんです」。

子供の頃にも、庭で野菜を育てていた。植物は太陽エネルギーを利用して、水と二酸化炭素から様々な有機化合物をつくり出す。その光合成の見事な技に、少年時代の瀬川は魅せられた。

1970年代にオイルショックが起きたときには、将来は日本のエネルギー問題の解決に貢献したいという思いが生まれた。植物のように太陽エネルギーを上手に利用できるようになれば、エネルギー問題と環境問題の同時解決に繋がる。光合成とエネルギー。後から振り返れば、この二つが研究者としての原点だった。

京都大学に進学したときには研究者になることなど考えていなかったが、大学2年の時に所属学科の福井謙一が日本人として初めてノーベル化学賞を受賞。日本の化学のレベルの高さを知り、心が動いた。

大学院に進学すると、「本多-藤嶋効果」で知られる光化学の第一人者、本多健一に師事し、光触媒で水素をつくる研究や光合成のメカニズムを探る研究などに力を注いだ。京大での助手を経て東大で助教授に着任し、2001年、本多研究室を引き継いだ藤嶋昭の研究プロジェクトへの参加を機に「世の中の役に立つ光化学の研究」を意識するようになった。

当時も今も、世の中で最も広く使われているのは結晶シリコンを使った太陽電池だが、シリコン系はコストの高さが課題。ほかの素材を使った太陽電池で有望なものの一つが、光を吸収した色素が電子を受け渡して発電する「色素増感太陽電池」だ。

光エネルギーで栄養をつくる光合成と、光エネルギーで電気をつくる太陽電池。瀬川の中で光合成と発電が結びついた。瀬川はここから、本格的に太陽電池の研究に足を踏み入れる。

「太陽電池の決定的な弱点は、光が遮られた途端に発電できなくなること。でも植物は太陽が当たらない夜でも活動しています。昼間につくったエネルギーを貯める仕組みを持っているからです」

それにヒントを得て、瀬川は2003年、発電も蓄電もできる太陽電池を世界で初めて作り上げた。しかもシリコン系太陽電池よりはるかにコストが低く、製造プロセスも簡便で、色や柄をデザインでき、ステンドグラスのようにガラスに貼ることもできる。

ただし色素増感太陽電池の変換効率はシリコン系に比べると低い。この課題を解決すべく、2009年に国の研究プログラムの中心研究者に選ばれた瀬川は、より高性能な太陽電池を開発するプロジェクトを立ち上げた。

2012年、このプロジェクトのメンバーが、色素増感太陽電池から派生した「全固体ペロブスカイト太陽電池」を発表。これまでの太陽電池を遥かに超える可能性を持つ画期的な太陽電池だ。それを機に、この分野の研究に火が付いた。

瀬川は2015年にはペロブスカイト太陽電池を用いたセルで世界最高効率をたたき出したが、その後すぐに海外のグループに抜かれ、いまも熾烈な研究開発競争を続けている。

変換効率はすでにシリコン系太陽電池に迫るレベルだが、さらなる高性能化を目指すとともに、セシウムなどの希少で高価な物質や鉛などの有害な物質を別の物質に置き換えようとしている。

「光が当たるだけで植物が育ち、実をつける」--子どもの時に感じた光合成への驚きは瀬川の中で種となり、学生時代に芽を出して、いま太陽電池研究という木に育った。瀬川の生み出す一つひとつの成果がその枝になり、果実は世の中の人々へと手渡されていく。

小物:各種太陽電池

Memento

これまでに作った色素増感太陽電池の数々。紫陽花柄のパネルは蓄電機能を持つ太陽電池で、葉の部分で発電し、花びら部分に蓄電する。花びらに電気が蓄えられると色が濃くなり、放電すると白くなる。

直筆コメント

Maxim

瀬川が京都大学に入ってまもなく、同大学の福井謙一がノーベル化学賞を受賞。授業が終わった後に、自身の教科書にサインを頼んだ。その時に福井氏が記したのがこの一言だ。「私も、初志を大切に研究していきたいと思っています」。

プロフィール

Profile
瀬川浩司(せがわ・ひろし)

1989年京都大学大学院工学研究科分子工学専攻博士課程修了。京都大学工学部教助手、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助教授を経て、2006年東京大学先端科学技術研究センター教授に。2010年~2016年東京大学先端科学技術研究センター附属産学連携新エネルギー研究施設長。2016年より現職。この間、2012年より現在まで東京大学教養学部附属教養教育高度化機構環境エネルギー科学特別部門長。ペロブスカイト太陽電池(有機金属ハライド太陽電池)や量子ドット太陽電池など次世代太陽電池の研究のほか、環境とエネルギーの教育を幅広く行っている。2015年から産学連携のNEDOプロジェクト「ペロブスカイト系革新的低製造コスト太陽電池の研究開発」のプロジェクトリーダーを務める。2019年科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)受賞。

取材日: 2019年2月12日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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