今の世界をもうひとつの世界につくりかえることができる建築の深淵と醍醐味。｜ UTOKYO VOICES 073

大学は学問領域に分かれたキャンパスのままで、現代的な問題を解決できるのか。その一つの回答が、東京大学の柏キャンパスだ。柏キャンパスで東京大学は、学融合による新しい学問領域の創出と社会連携を目指している。

「一般的に大学は、工学部や法学部など古典的な学問領域に分けて計画されてきました。ところが、分けて考えることが現代の課題解決の壁になってきたのです。例えば、気候変動などの環境について考えた場合、経済学やエネルギー学、都市工学といったいろいろな学問を融合しないと社会が求める課題は解けません。柏キャンパスは学融合を促進するキャンパスです」

柏キャンパスのグランドデザインは、京都駅や梅田スカイビルなどを手掛けた今井の師匠である原広司が担当。原が東大を退職した後、柏キャンパスの生産技術研究所千葉実験所の設計は今井に託された。

「千葉実験所は新交通システム・自動運転の研究、安全安心な都市の実現、航空機産業との連携における新たな加工技術の開発など、IoT時代における新たな価値創造を目指し、大学発のイノベーションを発信していく拠点になればと考えています」

こう話すのは、千葉実験所のレイアウトと主要な建物を設計した今井だ。千葉実験所には、振動台やXYクレーン、工学水槽など実物大の実験を可能にする巨大な装置に加え、自動運転車や東京メトロから譲り受けた銀座線の車両もあり、屋外の実験フィールドではそれらを走らせることもできる。

「研究棟は実物で研究や実験ができるよう、とにかく大きな空間が必要でしたので、小さな建物をたくさん建てそれらを繋ぐように大屋根をバサッとかけて大空間をつくりました。大実験スペースを包含する新しい研究棟をいわば現代の『中間工場』として構想しました」

一時は大工に憧れ、絵を描くのも好きだった今井。「幾何学が好きで複雑な形を考えたりすることが得意でした」。

「建築にはエンジニアリングによるデザインと感覚的なデザインの両側面があって、エンジニアリングの背景を持たないデザインは説得力がないと思っています。また、独りよがりのデザインではなく、学問になりうるデザインとはどういうものなのか、自分の感覚を疑いながら設計しています」

今井が現在取り組んでいる一押しのプロジェクトは、3Dプリンタのジョイントで組み立てた5面体フレーム構造の“PENTA”だ。「まだプロトタイプの段階なのですが、新しい住まいのあり方の提案として国立新美術館の生産技術研究所70周年記念展示「もしかする未来」に出品しました。5面体のジョイントの角度を3Dプリンタでひとつひとつカスタマイズすることで、住空間を住み手が自由に変えられる。それが私たちの生活をどう豊かにできるのかを想像しています」。

今ある世界の延長上で設計すると同じような世界しか生み出せない。現実と少しだけ違うもう一つのパラレルワールドがあったとして、そこに建っている建物はどういうものなのか。それを常に考えている。

「世界をつくるということは、世界は選べることだと思うんです。どんな世界にしたいか、未来がどのようになるのかは選ぶことができます。僕らがつくったものが未来をつくっていく。それ自体が未来になってしまう。建築にはそうした重い責任がある一方で、今の世界を別の世界に変える面白さがあるんです」