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単原子層を積み重ねて、未知の量子輸送現象に挑む。| UTOKYO VOICES 075

掲載日:2019年8月29日

UTOKYO VOICES 075 - 生産技術研究所 基礎系部門 教授 町田友樹

生産技術研究所 基礎系部門 教授 町田友樹

単原子層を積み重ねて、未知の量子輸送現象に挑む。

町田の研究室では日々、原子一つ分の厚みしかないシート状の物質「単原子層」をさまざまな組み合わせで積み重ねている。単原子層は、重ね方次第でこれまで誰も見たことがない素材になる。町田が探している“宝”は、その薄い薄い膜の中にある。

たとえば、炭素原子の単原子層「グラフェン」は、炭素原子が多層に重なった「グラファイト」とは本質的に異なる物性が現れる。さらに単体では超伝導にはならないが、なんと、1.1度だけずらして重ねると超伝導になるという。単原子層を積み重ねた構造(薄膜ヘテロ構造)には時に、これまでの常識では考えられなかったことが起きるのだ。

「物質の中で電子などの量子が移動する様子を『量子輸送現象』といいますが、超伝導はその一つ。1980年に発見されて以来、熱い注目を集めている『量子ホール効果』と呼ばれる現象もそうです。この量子輸送現象に興味があるんです。さまざまな薄膜ヘテロ構造の中の量子の動きを観察して、まだよくわかっていない物理現象の理解や、未知の現象の発見につなげたいと思っています」

物理学の最先端で研究にいそしむ町田だが、高校を卒業するまでは数学者になりたいと考えていた。

「でも、東大に入ったら自分は数学じゃまるで勝負にならないことに気づいて、物理学に“逃げた”んです(笑)。物理の実験なら、頭の切れだけではなくて、一日16時間でも実験を続けられる体力とか、手先の器用さとか、経験の蓄積などのいわば『総合力』で勝負できると思って」

ただ、学部を卒業したものの、修士課程でなかなか成果が出ない。博士課程に進む自信が持てずに就職したが、すぐにアカデミアに戻りたくなって博士課程に入り直した。「振り返れば、逃げて逃げてここまでやってきました(笑)」。

しかしそのおかげというべきか、これまでの研究領域は低次元電子系、超伝導、半導体、スピン、光、量子ビットなど多岐にわたる。この多様性が結果的に町田の武器となり、物理学者としての「総合力」を支えている。

いま力を注いでいるファンデルワールスヘテロ構造の研究では、グラフェンにグラフェンを重ねるだけでなく、グラフェンに超伝導素材や半導体を重ね合わせるとまた別の新たな現象が観察できる。これまでになかった機能をもつ素材も生まれるかもしれない。

「グラフェンと強磁性体を組み合わせることもできます。磁性のもととなっているのは電子のスピン。以前のスピンの研究がここで生きています」

さまざまな組み合わせを試すうちに、もしかしたら、量子ホール効果に匹敵する、世界中の物理学者があっと驚くような現象も出てくるかもしれない。「宝探しみたいなものです」と町田は笑う。

頭の良すぎる人には、宝探しはおそらく向いていない。しかし町田は「泥臭さとフットワークの良さが僕の身上みたいなものですから」と、寄り道も撤退もいとわず、素材や人との偶然の出会いを味方にして、宝探しの旅路を飄々と歩んでいく。

小物: 希釈冷凍機

Memento

量子輸送現象を見るにはグラフェンなどの物質を絶対零度(約マイナス273度)近くまで冷やす必要がある。非常に高額な設備だが、博士研究員の頃に購入して以来ずっと使っている愛機。

直筆コメント:泥臭く フットワーク軽く 偶然を活かす

Maxim

元サッカー日本代表の中山雅史選手は泥臭さを体現する人物だと思う、と町田は言う。光り輝くセンスや美しいテクニックの持ち主ではないが、運動量やメンタルの強さなど持てるすべてを武器にして泥臭く点を取る。「そんな研究者でありたいと思っています」。

Profile
町田友樹(まちだ・ともき)

1994年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了、1995年までNTT光エレクトロニクス研究所に勤務。1998年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。科学技術振興事業団CREST研究員、さきがけ専任研究者を経て2004年東京大学生産技術研究所助教授(2007年准教授に職名変更) 、2017年より現職。単原子層を組み合わせた複合原子層構造における量子輸送現象の研究を行っている。ブロックを積むように原子層を自在に積み重ねるロボットシステムも開発中。

取材日: 2019年1月29日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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