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社会の“流れ”をスムーズに。「渋滞学」の提唱者は現場に通う。| UTOKYO VOICES 087

掲載日:2020年6月4日

UTOKYO VOICES 087 - 先端科学技術研究センター 教授 西成活裕

先端科学技術研究センター 教授 西成活裕

社会の“流れ”をスムーズに。「渋滞学」の提唱者は現場に通う。

渋谷のすさまじい人混みの中で右へ左へとこづきまわされているうちに、西成少年は自分が人間ではなく、石ころになったような気分がしてきた。茨城の小学校に通っていた西成にとって、生まれて初めて歩く都会の雑踏だった。

不意に足元の地面がぐにゃりと曲がり、西成は自分の体を支えきれずに昏倒した。しかし地面は歪んでなどいなかった。

「病院で脳の検査を受けたところ、異常なし。医師からは『この子は“混雑”が嫌いなんじゃないでしょうか』と言われました」

医師の見立て通り、少年は混雑や渋滞がとりわけ苦手な大人に育った。

「反対に、ずっと興味があったのは星や宇宙。『宇宙戦艦ヤマト』が大好きだったんです。宇宙物理学者になりたくて大学では高度な数学を勉強し、大学院では数学を駆使する流体力学の道に進みました」

数学は大好きだったが、一つ問題があった。数学の研究は社会課題の解決とは距離が遠い。しかし西成はどうしても、自分の研究を社会の役に立てたかった。考えに考えて思いついたのが、「大好きな数学や物理で、大嫌いな渋滞を解消する」という試みだった。

「でも4年以上、誰にも相手にされませんでした。学会で私が発表する番になったとたんに会場から人がいなくなり、司会と自分だけが残されたことも。悔しくて泣きましたね、その時は」

ところがいまや、西成が生み出した「渋滞学」は各方面から引く手あまただ。

最初の大きな業績のひとつが、高速道路で起きる自然渋滞のメカニズムを数学的に解いたこと。その理論によれば、バイパス新設などの力技を使わずとも、走行中の車がみな車間距離を40mに保つだけで渋滞が解消されるという。

ここで「メカニズムを解き明かし、理論として確立する」ところで終わらないのが西成の流儀。車間距離の理論は、警察とともに高速道路で実験を行って確かめた。

「学問を社会の役に立てたい、と思って始めたのがこの渋滞学ですから。解決策を見つけるところまでやらなくては意味がないんです」

ある日は研究室で数学の最新理論を勉強し、ある日は床に動線のテープを貼って人の流れの実験を行い、ある日は企業の工場で生産ラインの渋滞を観察する。西成に、「机上の空論」はない。

驚くことに、渋滞学は道路の渋滞に限らず「流れの滞るところ」ならありとあらゆるところに応用できる。群衆の避難経路策定、会社の業務プロセスの効率化……果ては細胞内のタンパク質の反応が急に遅くなる現象から、金融バブル崩壊時のように投資の勢いが急激に停滞する現象までも扱える。

大好きな数学と、大嫌いな混雑。一見、すぐには社会に役立ちそうもない純粋科学と、解決すべき社会課題。そして理論と現場。西成は対立するものを見事に組み合わせ、渋滞学をパワフルな学問へと育ててきた。

「いま特に力を入れているのが物流の課題です。日本の物流は効率化が進んでおらず、あちこちで業務が渋滞しているんです。解決には、科学的に物流の効率化を考えられる人材の育成が必要。そこで、自分たちで育てようと寄附講座を立ち上げたところです」

どんな課題でも、提言にはとどまらない。西成は自分で汗をかく。

小物:セルオートマトン

Memento

おもちゃのように見えるが、「セルオートマトン」という数学のモデルを模型にしたもの。西成はこのモデルを使って「自然渋滞は車間距離が詰まることで起こる」というきわめてシンプルなルールを導きだした。

直筆コメント

Maxim

「渋滞の研究から、科学的にもこのことわざの正しさがわかってきました。急いでいるからといって皆がわれ先にと目的地に殺到するとたしかに、全員が不利益を被るんです。渋滞の本質をついた言葉ですね」

Profile
西成活裕(にしなり・かつひろ)

東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、山形大学などを経て2009年より現職。様々な渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、内閣府イノベーション国際共同研究座長、内閣府IT戦略本部ITSタスクフォース委員などを歴任。『渋滞学』(講談社科学出版賞受賞)など一般向けの著書やメディア出演も多く、2020年東京オリンピック・パラリンピックでは組織委員会のアドバイザーとして、渋滞・混雑緩和策の立案から実務まで関わっている。

取材日: 2020年1月7日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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