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移民の子どもは「学習意欲がない」のか? 現場から、その背景をあぶりだす。| UTOKYO VOICES 088

掲載日:2020年6月11日

UTOKYO VOICES 088 - 大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 准教授 額賀美紗子

大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 准教授 額賀美紗子

移民の子どもは「学習意欲がない」のか? 現場から、その背景をあぶりだす。

出稼ぎで来日したフィリピン人の親をもつその少女は、地域の中学校に通っているが遅刻や休みが多く、授業中の居眠りもしばしば。宿題もほとんど提出しない。

本人に学習意欲がないのだろうか。それともフィリピンの人はみな、諦めが早いのだろうか。周囲からはそんな視線が注がれるが、日本語がおぼつかない子が授業についていくのはそもそも至難の業だ。親に教えてもらおうにも親も日本語を読めず、多忙な学校現場で特別な支援を十分に受けられる子どもは多くない。そうして子どもはただ、取り残されていく。

額賀は、このような子を含め、親の事情で国をまたいで移住した子どもたちを取り巻く教育・家庭環境の実態を理解しようと調査と考察を続けてきた。

冒頭の少女が置かれている環境は、自身が小学生のころに3年ほど通ったサウジアラビアのインターナショナルスクールと正反対に見える。

「まったく英語がわからずに入学し、落ちこぼれてもおかしくない状態でした。でもアメリカ式の教育方針で運営されていたその学校では英語ができない生徒に手厚いケアがあり、そのうえ、私は九九ができたというだけで数学的な才能があるとされ、特別クラスに入れてくれたんです」

英語が話せなくても、外国人でも、そのことに劣等感を植え付けられることなく、自分の未来は開けているという希望を感じられた。

一方、いま日本の学校に通うフィリピンの子は、仮に血のにじむような努力で勉強したとしても、途上国差別がまだ色濃い日本ではその努力に応じた社会的地位が得られる希望はほとんどもてないのが現実だ。加えて、親が長時間ないしは夜間に働いていたなら、年長の子が学業をさしおいて家事や幼い弟妹の世話をせざるをえない。

額賀はインタビューや学校現場でのフィールドワークを通じて、彼らの就学態度の背景にある彼らなりの選択、すなわち「表から見えないメカニズム」をあぶりだそうとしている。

「わかってきたのは、彼らの“諦め”に見えるものは決してフィリピンの文化ではなく、日本で作られていくものだということです」

教育とは本来、親の財産や地位、社会構造や文化に制約されずに自分自身の努力で将来を選ぶことを可能にする手段。しかし日本では、途上国にルーツをもつ子どもたちが支援を受けられずにその恩恵から取り残されている。

額賀が目指しているのは、研究で得られた知見を使って、この「諦めの文化」を「希望の文化」に変えていくこと。多様性を尊重するアメリカの教育現場を研究し、ベストプラクティスを日本に紹介するのもその試みの一つだ。

「実はアメリカの教育現場は、一つに統合されたアメリカ文化を求める動きと多様性を大事にしようという正反対の動きがぶつかる戦場でもあるんです。そのせめぎ合いから見えてくるものを、日本の教育現場に還元したいと思っています」

額賀の研究は、国際移動する子どもに限らず、貧困家庭や女性などすべてのマイノリティを学校が、社会がどう受け入れていくかも同時に問うている。

「困難に陥っている個人を単純な自己責任論できめつけず、社会制度や家庭環境など背景からメカニズムを考えられる人を育てていくことも、私の仕事です」

小物:ノートとICレコーダーとペン

Memento

額賀の主な研究手法は、現場に入って研究対象者とともに行動し、彼ら自身の目線で生活や世界を理解することを目指す「エスノグラフィー」。できるだけ予断を交えずに、現場で見えたもの、聞こえたことをICレコーダーやノートへ記録する。

直筆コメント

Maxim

「社会には、聞こえてこない、あるいは社会が聞こうとしない声がたくさんあります。強い声や大きな声ばかりが制度に反映されがちな社会で、小さくとも多様な声を拾い上げていくことが研究者としての使命だと思っています」

Profile
額賀美紗子(ぬかが・みさこ)

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会学部へ。2008年博士課程修了。和光大学准教授を経て2017年より現職。移民背景をもつ子どもたちの教育格差やアイデンティティ葛藤を比較社会学的視点から研究している。主な著書に『越境する日本人家族と教育――「グローバル型能力」育成の葛藤』、共編著に『移民から教育を考える―子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』など。

取材日: 2019年12月16日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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