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行政システムの透視図を描き出し、見えてきたものを社会に伝えたい。| UTOKYO VOICES 095

掲載日:2020年8月6日

UTOKYO VOICES 095 - 先端科学技術研究センター 教授 牧原 出

先端科学技術研究センター 教授 牧原 出

行政システムの透視図を描き出し、見えてきたものを社会に伝えたい。

日本の政治を見通せる第一線の政治学者として、マスメディアや国の重要な委員会から見解を求められることも多い。しかしもともと牧原は、こうした依頼があっても「自分のすべき仕事はあくまで『研究』だから」と断っていた。考えが変わったのは2011年だ。

「東日本大震災を仙台で経験してからです」

勤務していた東北大学からわずか数キロ先で、津波によって多数の命が失われた。このとき牧原の中で、社会に生きる多くの人々と自身の人生が直に結びついた。自分に求められることがあるなら、できることは何でもしよう、と牧原は思った。

牧原の仕事は、日本の行政システムを実態に即して研究し、その姿を明らかにしていくことだ。

日本の政治は長く自民党の長期政権を特徴としてきた。ゆえに政治学の世界で自民党研究は盛んに行われている。しかし、自民党政権が踏襲してきた「官僚主導の行政」については、官邸研究や大蔵省研究といった各パーツの研究はあるものの、行政システムをトータルで見ようという研究はなかった。

「政党の意思決定過程はリーダーの決断や議員の集合行動から説明できるでしょう。しかし行政は『システム』としてのプロセスがまるで見えないんです。僕はそれを“透視”してみたかった」

省庁間の齟齬はどう調整されているのか、官邸と官僚の関係はどうなっているのか。日本の政治の根幹に関わるところなのに、そのダイナミズムが研究されていない。

「なぜなら、研究として同時代的にそこに迫る術がないと思われていたからです」

牧原はそこで、第二次世界大戦中から戦後、とくに1950年代の行政の実態を探る研究からスタートした。過去の文書に目をつけたのだ。

「政治家や官僚などのオーラル・ヒストリー(口述記録)や省庁の内部文書から、その時代の行政の実態を読み解いていきました。注目したのは省庁間で合意を得るための『調整』、そして、各省庁とくに大蔵省から官邸に出向する『官房型官僚』です」

15年をかけたこの研究は『内閣政治と「大蔵省支配」』として出版され、政官関係と行政の構造を明らかにした力作としてきわめて高い評価を受けた。

ただ、牧原の研究は50年代を描き出すだけにはとどまらない。

「僕の研究では過去の点をつなぎ、経時的な『変化』を明らかにしようとしています。すると現在が見えてくる。さらに、少し先の未来も見える。その知見は、この国の官僚制や行政を社会が理解する助けにもなるのではないか。そういう思いから、メディアや国に求められた時には自分の見解を発信しているんです」

牧原は、ただ目を凝らすだけでは見ることができない、行政の内部構造を透視して社会に見せてくれる。一枚きりのレントゲン写真ではなく、時間にともなう変化をとらえる連続写真で。

写真:研究室

Memento

外の光がさんさんと差し込む研究室には、まるでカフェのようにゆったりとしたソファと温かみのある大きな木のテーブルが。「椅子と机にはこだわりがあって(笑)。パソコン作業やゲラ校正はいつもここでしています」

直筆コメント

Maxim

「20世紀初めの社会学者M・ヴェーバーのテクストの中『緊張』(Spannung)という言葉に触発されるという読み方があります。20世紀後半の社会学者N・ルーマンの『過剰』(über)、21世紀の政治哲学者P・ロザンヴァロンの『二重性』(dualité)。目指すは気になる言葉を架橋することです」

Profile
牧原出(まきはら・いづる)

東京大学法学部卒業後、同大学法学部助手に。2011年に博士号取得。東北大学法学部助教授、法学研究科教授などを経て2013年より現職。省庁間の調整、官邸機能、官房型官僚に注目し、行政の内部構造を明らかにすることをテーマに研究を行ってきた。近年では裁判所や会計検査院など政権から独立した組織の行動様式の解明にも精力的に取り組んでいる。『内閣政治と「大蔵省支配」──政治主導の条件』(2003年サントリー学芸賞受賞)ほか著書多数。

取材日: 2019年12月6日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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