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ないものは、作る。量子物理における数十年来の予言の検証へ。| UTOKYO VOICES 100

掲載日:2021年3月3日

UTOKYO VOICES 100 - 総長 五神 真 

総長 五神 真

ないものは、作る。量子物理における数十年来の予言の検証へ。

これと思うとのめりこむたちだ。幼いころには近所に住む彫刻家のアトリエで粘土細工や油絵などの創作を楽しみ、小学校3~4年では釣りにはまって多摩川に通いつめ、中学高校でアマチュア無線に熱中したかと思えば、東大に入るとクラシックギターのサークルへ。

3年の時の学園祭では、世界初の加速器(サイクロトロン)の復刻版を自分たちで作ってみようという五月祭企画に参加して白金の医科学研究所に泊まり込み、翌年にはレーザー発信器の自作に挑戦して物理学実験の興奮を体感した。

理学部の物理学科に進んだが、進路には迷った。いずれは社会の役に立つ仕事をしたい。素粒子理論など純粋科学も魅力だが、理学部からそのまま大学院の理学系研究科に進んでいいものだろうか?

高校の先輩で半導体物理学理論の大家、植村泰忠の研究室に相談に行くと、こう言われた。「本当に新しい研究は必ず役に立つから、心配しなくてもいい」。たしかに、社会を変えたトランジスタやレーザーは物理学の研究から生まれたものだ。五神は物理学研究の道を歩み始めた。

修士1年の時に自ら見つけたテーマは、本人いわくビギナーズラックですぐに成果に結びついた。五神は31歳の若さで研究室を構える。前途有望なルーキー研究者の誕生だ。

「いや、私がもらった部屋は、残されていた冷蔵庫から2年前の焼きそばパンが出てくるような荒れ果てた部屋だったんです。床と壁を整えるだけで教室から頂いた着任資金を使い果たしました(笑)」

実験装置を買う余力などゼロに近い。ただ、助手時代から貧乏には慣れていた。よその研究室が装置を廃棄するとすかさず拾いに行って自分たちで加工し、秋葉原でパーツを買い足しては組み上げていった。何でも自前で作った学園祭の続きのように。

それからずっと五神が追ってきたテーマの一つが「励起子のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)」という、量子物理分野における予言の検証。しかし予言から数十年が経っても誰も観測できず、米国の有力な研究チームは2000年、「励起子のBECは存在しない」という結論を発表した。多くの研究者が撤退した。

しかし、そもそも励起子のBECは観測がきわめて難しい。BECは本当に存在しないのだろうか? あるいは先のチームは何かを見落としているのではないか? 五神は後者の可能性に気づいていた。気づいているなら、やらない手はない。

観測する手段がないのなら、「ないものは作る」のが五神流。なんと20年をかけて条件を整えた。「この6年は総長業に力を注いでいたので研究の歩みは予想以上に遅くなりましたが、やっと、ゴールが見えて来ました」と笑顔を浮かべた。

総長として文理を超えた他分野の研究者や産業界、官公庁の人々と知り合い、議論を重ねた。それによって学術研究全体を見渡す視野も大きく広がった、と五神は言う。「これから研究すべき課題がどこにあるのか、以前より格段によく見えるようになりました」

世界は大きな変革期にある。今ここにある知恵では、気候変動もエネルギー問題も解決できない。すなわち、数十年後の世界に必要な知恵はまだ存在していない。

「ない」ならば作ろう。物事の根本的な理解を追求する理学や、他分野・他業種の人が生み出す知恵を組み合わせて。五神が目指してきた「本当に役に立つ仕事」は、一つの学問の中でなく、さまざまな分野との連携、すなわち、東大が掲げてきた“知の協創”の中にある。

小物:ペン

Memento

ほどよい重さと滑らかな書き味が気に入って、いつも胸ポケットに差しているボールペン。「ペンは仕事の能率を左右しますよね。国内外のボールペンを片っぱしから試して、これに出会えたのが3年ほど前でした」

直筆コメント:「究知協創」

Maxim

「知恵を深め、それを多様な人々と協力して拡げ、より良い社会を創っていくという思いを込めて創った熟語です。『協創』は『共創』とも書きますが、僕は、人々の『力』の重なりが表されている『協』の字が好きなんです」

Profile
五神 真(ごのかみ・まこと)

1986年、東京大学大学院理学系研究科博士課程在籍中に同物理学教室助手に。88年に工学系研究科に研究室を構え、助教授、教授を経て2010年に理学系研究科教授。副学長、理学系研究科長、理学部長などを歴任し、2015年より現職。励起子のボース・アインシュタイン凝縮の実証や、レーザー光による非熱的切断メカニズム解明と新奇物質の生成など、量子物理、光物性物理分野で多彩な研究を行っている。

取材日: 2020年11月27日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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