ないはずがない! 光操り探究心と忍耐力を体現
「目で見ることができる光や物質のことを、もっと理解したい」。そんな思いで、突き進んできました。2015年4月に東京大学の総長に就任した五神真教授。光を使って物理現象を解明する光物性物理を中心に重ねてきた輝かしい実績の裏には、目の前のことにとことん向き合う探究心と、極限に挑む忍耐力がありました。
疑似的な粒子の振る舞い
五神総長はこれまで、最先端の新たなレーザー技術を次々と開発し、それを活用して半導体から気体原子まで幅広い物質を対象とした研究を推進してきました。その中でも、五神総長の探究心と忍耐力を体現する代表的な研究に「励起子(れいきし)のボース・アインシュタイン凝縮」が挙げられます。
ここで励起子とは、半導体等の結晶が光エネルギーを吸収した時につくられるものです。半導体では、光エネルギーを吸収して飛び出した電子と、その電子の抜け穴の正孔が生じます。電子はマイナス、正孔はプラスの電荷をもち、互いに引きつけ合います。全体で中性を示すこの状態を、擬似的な粒子と考え、励起子と呼ぶのです。
また、ボース・アインシュタイン凝縮(以下BEC)は、粒子が高い密度かつ極低温で生成された時に、個別の粒子とは全く別の集団として振る舞う現象です(図1)。1920年代にアインシュタインが予言し、90年代にナトリウム原子などで確かめられました。
数々の課題を乗り越えて
“擬似的な粒子”である励起子も同様にBECを起こすという議論は、50年以上続きながら誰も実証には成功していませんでした。2000年には励起子のBECは起こらないという報告をアメリカのグループが出す中、五神総長らは2011年、励起子もBECを起こすことを間接的に示したのです。「とにかく目の前のことを理解したい。そのために必要な技術を開発して、ひとつひとつ解決してきた。この実験のために必要なレーザー光も自分たちで作った」(図2)。
BECを実証するためには、まず、計画通りに低温で高密度の励起子が作れているかを確かめるところから始めなければなりません。普通、励起子が消滅するときに発生する光を検出すればそれがわかります。しかし、五神総長らが扱っていたBECに最適な励起子は、亜酸化銅という半導体の中で生成される、光らない特殊なものでした。そこで、レーザー光で励起子を可視化する方法を新たに開発して、その温度と密度を測定できるようにしました。
すると、液体ヘリウムを使って1.6ケルビン(摂氏-271.6度)に冷やし、励起子の密度を上げても、互いに衝突してすぐに自発的に壊れてしまうことがわかりました。これは温度が高過ぎて、励起子のBECは現れないことを意味します。諦めてもおかしくはない状況でしたが、「それならばもっと冷やせ、という一心だった」と五神総長。時代とともに進歩する低温技術を取り入れながら、レーザー分光技術などを突き詰め、絶対零度に極限まで迫っていきました。「やはり励起子のBECはあった!」。2011年、励起子の温度が0.8ケルビンのとき、BECが存在することを示してみせたのです(図3)。
光物性物理の道へ
五神総長の研究活動の原点は、東京大学の学部生時代にありました。当時レーザーの第一人者であった霜田光一先生の授業などを通じて、レーザーが「光源」だけでなく「物質を操作する手段」としても活用できることに興味を持ちました。4年生の五月祭では、友人と一緒にレーザーを自作したこともあります。「手に取ることのできる物の性質を物理として理解したいという」強い思いと「シンプルな法則から考えを構築し、その考えを自分の手で確認できる物理学は美しい」哲学。理学部物理学科に進学する同級生の多くが興味を持っていた素粒子分野ではなく、光物性物理を選びました。
「実験はシステマティックに物理に近づくことができる。わかりやすい目標を設定してクリアするというステップを繰り返して、ここまで続けてきた」と五神総長。基礎研究に邁進した結果は、レーザーの小型化や高性能化などによる、産業を通じた社会への貢献にもつながっています。
くしくも国際光年に初めて総長として迎えた今年の入学式。新入生に対し「知のプロフェッショナル」になるように求め、「考え続ける忍耐力」「自ら原理に立ち戻って考える力」の重要性を説きました(図4)。自ら歩んできた研究人生のように辛抱強く、確実に物事を進める後進の研究者が励起子のBECの存否についてより確度の高い証拠を発表する日を待ちかねています。
取材・文:谷 明洋
取材協力
五神真総長