FEATURES

English

印刷

ジェンダー不平等の解消に向けて

掲載日:2024年3月8日

3月8日は、女性の権利や政治・経済的分野への参加について考え、ジェンダー平等の実現を目指すために制定された国際女性デーです。日本におけるジェンダー不平等の特徴や打開策について、教育・仕事・家族という3つの社会領域間の関係に注目した実証研究を行う東京大学大学院教育学研究科の本田由紀教授に聞きました。

D&I


―― 国際女性デーにあたって「女性」について考える際、重要なことは何でしょうか?

男性に比べて副次的な存在とみなされがちな女性に光をあてることは、非常に重要です。まず、女性やジェンダーについてお話しする前に留意しておきたい点があります。ジェンダー(gender)とは、生物学的な性差(sex)に対して、社会的に構築された性別を指す概念です。ジェンダーには、男性・女性に本質的な違いがあるとの認識のもと、男性はこうあるべき・女性はこうあるべき、という規範的な期待も含まれています。社会的・歴史的に構築されたジェンダーの規範は、人々のあいだで共有され、内面化されてきました。しかし、ジェンダーに注目した数多くの研究が指摘してきたように、人間を男性・女性の2つのカテゴリーに分けて捉える思考や言葉遣いには、弊害があります。たとえば、男性・女性という区分に必ずしもあてはまらない、セクシャルマイノリティといわれる性的少数者、そして同じカテゴリーの中にもある差異や多様性が排除されてしまうことが懸念されます。

多様性を大事にするためには、二分法に基づいた偏見や言葉遣いを見直し、将来的には解消していくことが望ましいと考えています。その一方で、男女別の統計や分布が示す通り、男性・女性の間には大きな格差があり、明らかに女性のほうが不利な状況に置かれていることも事実です。したがって現状では、二分法のジェンダーの思考を解消するための過程として、男性・女性というカテゴリーを使わざるを得ないでしょう。国際女性デーをきっかけに女性に注目することはとても重要ですが、私たちはジェンダー不平等を解消するための道の途中にいる、という認識を持っていたいと思います。

日本社会の歪み

―― 日本における男女格差の現状は、どのようなものでしょうか?

世界経済フォーラムは、各国のデータをもとに男女格差の現状を評価した報告書を発表しています。そのなかで、2023年の日本のジェンダーギャップ指数は、146ヵ国中125位という結果でした。これは2006年に公表が始まって以来、最低の結果で、先進国を名乗るのに値しない順位です。具体的にどのような個別の項目によって評価されているのか、詳しく読み解いていく必要があります。

まず、日本の順位を下げている最大の要因は政治参画です。地方であれ中央であれ、政治的な決定に関わるポストに女性が非常に少ないことに加え、議員の平均年齢の高さは先進国のなかで一番と言っても過言ではありません。つまり、法律や制度をつくり、物事を決める人々の中心が年配の男性であるため、女性や若者の声が反映されにくい状況にあります。

次に、経済参画に関するジェンダーギャップが日本の順位を下げています。この背景には、正規雇用と非正規雇用の格差があると考えられます。日本では、レギュラーワーカー(正社員)とノンレギュラーワーカー(非正規雇用)の賃金に大きな差があります。パート、アルバイト、嘱託、非常勤、といった名前で呼ばれる非正規の人たちは、賃金が安いだけでなく、必要な時だけ役に立つ使い捨てのような存在として扱われ、スキルの育成もおろそかにされています。就労率だけを見ると、かなり男女平等が実現されているように見えますが、家庭と仕事を両立するために女性の多くは非正規として働いています。それは結局、管理職や専門性が高い職種における女性の比率を下げ、経済参画を阻んでいます。

もう一つ、注視すべき項目は教育です。公表されている教育におけるジェンダーギャップ指数には、分野別の男女格差が指標に組み込まれていません。そのため指数からは、男女平等が実現されているように見えます。しかし、学部や専攻分野を詳しく見ていくと、人文系や看護といった分野に比べて、理工学の分野では女子学生の割合が非常に少ないことが分かります。これは、社会に浸透してしまっている「男らしさ」「女らしさ」の固定観念(ジェンダーステレオタイプ)の表れだと思います。15歳を対象とした国際学習到達度調査「PISA(ピザ)」の結果も示しているように、日本の女子の科学や数学のリテラシーは世界トップクラスです。リテラシーが高いにもかかわらず、理工学の分野に進学する女子学生が少ないことは、性別によってどの分野に進学することがふさわしいか、という思い込みが反映された結果と言えると思います。

MOFA&OECD
左:日本の大学の学部学生に占める女性の割合(文部科学省「令和5年度学校基本統計」)
右:日本の高校1年生の学習到達度(OECD PISA 2022)
内閣府男女共同参画局「女性活躍・男女共同参画の現状と課題」(2024年2月)より

―― ジェンダーステレオタイプがなかなか解消されないのはなぜでしょうか?

さきほど述べた政治参画や経済参画における男女格差の問題があります。これについては、高齢の男性中心である社会の仕組みを変革し、女性の割合を各所で増やすことが重要です。それだけでなく、個人の選択でさえ社会に流布する固定観念やジェンダーステレオタイプに影響されていることを自覚し、一人一人が変わっていくことも必要です。

ジェンダーステレオタイプによって生きづらい状況に置かれているのは女性だけではありません。男性は、時間やエネルギーの大半を、いわゆる「仕事」に注ぎ、家庭外で公的な役割を果たし収入を得るよう求められてきました。意識調査では、仕事以外にもっと時間を使いたいと思っている男性が多いということもわかっています。しかし日本社会では、男性は稼ぎ手である、というジェンダーステレオタイプが長きにわたり受け継がれてきたことで、男女ともに偏った状況に慣らされてきたのです。男性は、権力や財力を維持するために、自分の役割から外れる部分を女性に期待するようになり、結果として家事が女性に押しつけられてきました。すると、女性も男性に対して「働いて稼いでもらわないと困る」という期待を持つようになります。非対称でいびつな状況から両者とも抜け出せず、歪みが再生産され続けてきたのが現代日本の状況です。

ジェンダー不平等の再生産を止めるために

―― 日本のジェンダー不平等は、歴史的にどのように形成されてきたのでしょうか?

敗戦後の高度経済成長期に構築された「戦後日本型循環モデル」に注目すると、非対称でいびつな社会の根本的原因を把握できると考えています。「戦後日本型循環モデル」とは、教育・仕事・家族の間で一方向的に資源を流し込む特異な社会のあり方です。1960年代頃の日本は、急激な経済成長、技術革新、所得の増加などを経験し、その変化に対応するための社会システムを政府が先導して作り上げました。国民は、性別と世代に応じて、教育・仕事・家族という3つの社会システムを担うよう誘導されました。子供は勉強、男性は仕事、そして女性は家庭を支えることに専念し、それぞれの領域でパフォーマンスを最大化していくことが理想とされました。その結果、1960年代から80年代にかけて、性別役割分業が循環モデルを回すための不可欠な仕組みとして取り込まれていきました。この循環モデルは一見効率的ではあるものの、ジェンダーステレオタイプを強化しただけでなく、実際には教育・仕事・家族という各領域の本質的な意義を掘り崩すように作用していました。

また、年金制度を充実させ日本が福祉国家に向けた歩みを始めようとした70年代初頭にオイルショックが起こり、税収が減ったことで財政的基盤が打撃を受けました。そこで当時の政府は、「日本型福祉社会」を打ち出しました。国が集めた税金によって福祉制度を整える福祉国家に代わり、国家の支出をできるだけ抑え、人々の生活の安定を個人の自助努力と家族の相互扶助によって支える「日本型福祉社会」が提唱されました。「日本型福祉社会」の中核には、政府の身勝手な期待と役割を女性に押しつけることで成り立たせようとした“幻想の家族像”があります。家族のなかで主に女性が高齢者や子供のケアを担うことが期待され、それが日本の「美風」とみなされてきたのです。

Honda
 

他の欧米先進諸国でも、性別役割分業が明確であった時期はありました。その多くの先進諸国では分業の時期を経たあと、次第に状況改善への努力が繰り広げられ、女性の就労率の上昇や権利の向上につながりました。それに比べて日本では、克服への“もがき”が充分に発動されてきませんでした。「戦後日本型循環モデル」と「日本型福祉社会」の幻想が一世を風靡し、経済成長期の日本の成功体験として記憶されてしまい、ジェンダーバランスの変革が起きにくい状態が続いてきました。バブル経済が崩壊した90年代初頭以降、「戦後日本型循環モデル」は教育・仕事・家族の全ての領域間の関係において破綻に向かっています。人口減少や少子高齢化が進み、賃金が上がらず困窮者も急増する今、「日本型福祉社会」も破綻しています。今後社会を維持するためには、ますますジェンダーバランスの変革が求められます。

―― ジェンダーバランス変革のために、どのような努力が必要だとお考えですか?

教育・仕事・家族の間をつなぎ直す社会全体のドラスティックな体質転換が必要だと考えています。これは、一つの法律や政策で実現できるような簡単なものではありません。あらゆる領域をもみほぐし、組み替えていくことで初めて可能になると思います。まずは、男女ともに適正な時間働き、健全な私的生活を送れるような社会にするため、働き方の見直しが重要です。その際、女性も社会で活躍し、できるだけ経済力や発言力を持ったほうが良いと私は考えています。そのためには、これまで女性が担うことが多かったケアの労働を家庭の外で担っていける社会を作らなければなりません。高齢者のケアに加えて、保育と教育の拡充も重要な要素です。近年「親ガチャ」という言葉も聞かれますが、幼い子供や学童学齢期の子供の世話を家庭の外で公的な機関が担えるようになれば、生まれてきた家庭の環境に人生が左右されてしまうといった状況も防ぐことができます。

女性の政治・経済参画を促していくために、高等教育を担う大学にも責任があります。東京大学では、ジェンダーバランスの変革を目指して日々取り組みが行われていますが、まだまだ不十分です。今後も日本社会の歪みの再生産に加担しないように自己点検を続け、社会のなかで重要な役割を担う人材をジェンダーにかかわらず輩出していく努力を続けることが大切だと思っています。

Prof.Honda

本田 由紀
教育学研究科教授

東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授などを経て、2008年より現職。著書に『多元化する「能力」と日本社会』(2005年、NTT出版)、『「家庭教育」の隘路──子育てに強迫される母親たち』(2008年、勁草書房)、『教育は何を評価してきたのか』(2020年、岩波新書)、『「日本」ってどんな国?』(2021年、ちくまプリマ―新書)などがある。

取材日:2024年1月11日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド

 
アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる