FEATURES

印刷

アメリカ大統領選挙に見る民主主義の潮流

掲載日:2025年1月22日

世界が注目した2024年アメリカ大統領選挙では、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が民主党候補のカマラ・ハリス副大統領を破り、再び勝利しました。アメリカ大統領選挙の仕組みや二大政党制の特徴について、平松彩子先生(総合文化研究科)に聞きました。

アメリカ合衆国司法省
アメリカ合衆国司法省。「司法の在処は神聖な場所である」"The Place of Justice is a Hallowed Place."とフランシス・ベーコンの引用が刻まれている。

選挙人団と民意

── 今回の大統領選挙で印象的だったことはありますか?

平松彩子先生

私は今回の大統領選挙で、トランプ氏の話術やデマゴーグ的な側面に対して、アメリカ社会やメディアがどのように応じるのかについて特に注視しながら動向を追っていました。結局、トランプ氏の発言にメディアの注目が集まることが繰り返され、内政や外交の政策など他の重要な議論がほとんどなされない言論空間が作り出されるという、2016年、2020年の大統領選挙と同じような展開が見られました。

2024年9月に一度だけ開催されたハリス氏との公開討論会で、トランプ氏はハイチからの移民が多く住んでいるオハイオ州スプリングフィールド市で不法移民が近隣住民のペットの犬や猫を食べているという発言をしました。この日の議論の内容とは無関係な形で、突如持ち出されたトランプの脈絡のない話に、ハリス氏は絶句し、司会者は即座にその噂に根拠がないことを指摘しました。しかし、その日のニュースや政治風刺番組はこの話題でもちきりとなりました。またこれを受けて、スプリングフィールド市に住む住民に爆弾を送りつけるといった犯罪予告もあり、現地は混乱に陥りました。

このように、人間の恐怖や排外的な感情を刺激するようなセンセーショナルな、確証のない話をすることで、大統領選挙を通じてアメリカ人同士がもっと真剣に話し合うはずであるさまざまな政策の議論が一切なされなくなるという状況が投票日まで継続したことが、とても印象的でした。

なぜこの点に注目するのかというと、そもそもアメリカには、一時の人気取りやその場の流れに人々が影響されて大統領を選出してしまうことを防ぐために、選挙人団という制度が導入された経緯があるからです。

── 建国当初、選挙人団はどのように設置されたのでしょうか?

1787年から88年にかけて新聞に掲載された、「フェデラリスト・ペーパー(The Federalist Papers)」と呼ばれる85編の論説があります。ここでは議会はどのように構成されるべきか、大統領府はどのような役割を負うべきか、といった議論が建国者のあいだで交わされました。アメリカ合衆国憲法を批准して連邦政府を樹立することを訴えた人々は、「権力」や「人間の本性」についても考えをめぐらせました。本来、人間の本性が野心や欲望に満ちていると考えた彼らは、公益性の高い共和国を形成するために何をすべきか腐心しました。当時、デマゴーグという表現は用いられていませんが、大統領選出の過程で共和制を「死に至らせる敵」として、陰謀(cabal)、策謀(intrigue)、腐敗(corruption)が挙げられています。軍隊を率いて武力で国民を威圧するような人物の台頭や、外国の勢力が後ろで糸を引いて大統領の選出に関与すること、そして投票する人々が一時的な熱情に流されて不適切な候補が当選してしまうことなどが懸念されていました。

これらを未然に防ぐため、大統領を選出する目的のためだけに構成される選挙人団を設置することが考案されました。そこで、冷静沈着で、長期的視野に基づいた判断ができる人たちの一群に、大統領の選出を任せることになったのです。世論に影響を受けやすい一般有権者が直接票を投じて大統領を選出するのではなく、各州の選挙人団に任せることで、大統領の選出に誤った判断が紛れることを防ぐ意図がありました。

ところが、その後19世紀に入ってから、一般有権者の民選で選挙人団を選出する仕組みが後付けで作られました。民意に基づかない選挙人団の投票は民主的ではないと考えられるようになったのです。以降、民意が示す方向と、選挙人団の投票が投じられる方向はおおよそ連動してきましたが、21世紀になると問題も生じるようになりました。トランプ氏が出馬した2016年の大統領選挙では、民意の多数派と大統領選挙人団の過半数票が逆の方向を示す事態となりました。

ワシントンDC市内の民家
ワシントンDC市内の民家。大統領選挙日から1ヶ月以上経ってもヤードサインが取り下げられていない。(2024年12月撮影)

── 今日的な民主主義は、どのような経緯で形成されたのでしょうか?

アメリカにおける民主主義を語るうえで、建国当初書かれた憲法が基本的な構造を変えることなく現在に至っていることは、重要な特徴です。建国当初に憲法を起草した人々のあいだでは、民主主義に対する懐疑心が強く、一般民衆が、理性に基づかない短絡的な判断をしたり、群集心理に陥ったりすることが懸念されていました。憲法は、多数派の専制(tyranny of the majority)を抑え込むにはどうしたら良いのか、という関心に基づいて書かれていたのです。また、当初の一般有権者は、財産を所有する一握りの白人男性に限定されていました。

1820年代の末までに政治参加の範囲は多くの成年白人男性に広がり、大衆政党が登場し、アメリカは世界に先んじて民主主義を確立していきました。その一方で、元奴隷の子孫の人たちが、継続的に政治に参加できるようになったのは1960年代に入ってからのことです。アメリカで、誰でも政治に参加できることが民主的であり、民主主義が良いものである、という考えが広まって今日的な民主主義が成立するまでには、相当長い時間を経ているのです。

共和党と民主党

── アメリカの二大政党の特徴について教えてください。

建国当初に書かれた憲法に基づいた体制が今日まで続いていることに加えて、アメリカ政治には、1850年代以降ずっと民主党と共和党という二大政党から大統領候補が選出されてきたという特徴があります。世界的に見てもアメリカは、同じ政党が二大政党制を形成し、権力を取り合って政治を決めていく仕組みがずっと続いている唯一の国だと思います。

他方、二大政党の中身は、産業構造の変化や戦争などの外在的な衝撃を受けて、1850年代から2024年に至るまでのあいだに大きく転換しました。20世紀後半の大きな転換期は、1960年代後半から70年代初頭にかけて、黒人の政治参加によって生まれました。黒人は、連邦政府の権限を強化して、経済、市場、雇用関係に対してより強い規制や介入をする立場をとってきた民主党の支持者となりました。当時、アメリカ南部のたとえばジョージア州などで一党体制を築いていた、民主党を支持する白人優位主義者の人たちは、黒人の政治参加に抵抗していましたが、人種隔離体制は終わりを迎え、最終的に彼らは人種差別を極力なくす方向で共和党のほうへ流れ込んでいきました。

この頃からアメリカの分極化が始まります。民主党は、それまでの労働組合などの基盤のうえに、黒人とその後加わっていったフェミニストの女性たち、環境保護を訴える人たちやリベラルと呼ばれる人たちが参加する政党になり、共和党には資本家、企業経営者、そしてクリスチャンの福音派の保守派の人たちが集まりました。1980年代、90年代には、リベラルな民主党と保守の共和党の棲み分けがさらに進みました。

── 二大政党の分極化はどこまで進んでいるのでしょうか?

女性や性的マイノリティーの権利、宗教勢力と政治の関係性、銃規制といった文化的な争点においては、色濃く分断が進んでいると言えるでしょう。一方で、福祉にまつわる経済政策では、民主党と共和党には共通点も見られるようになってきました。

アメリカでは、1970年代頃から税の控除を通じて福祉を分配する「見えにくい福祉国家」が形成されました。徴収するはずだった税から労働や子育てに対する福祉手当を差し引きする税のスキームが導入されるようになりました。こうすることで、政府は家族関係や雇用状況といった人々の私生活を詮索したりせずに福祉国家を築くことに成功しました。税の控除を導入すると、増税を好まない共和党、福祉を充実させたい民主党のどちらもある程度支持を集めることができます。

このように、税の控除に関しては両者とも合意を見せています。共和党は、政府による経済への介入は極力慎み、減税を進めるべきだと主張する保守主義路線をたどってきました。そして民主党も、経済政策においては急進的でリベラルな方向に進みすぎると大統領選挙の勝ち目がないため、中道寄りに戻る動きがあります。ビル・クリントン氏をはじめとして、過去およそ30年のあいだに民主党から選出されるようになった大統領候補に見られる傾向です。

── 今回の大統領選挙の投票結果から読み取れることは何でしょうか?

トランプ氏が出馬した過去2回の選挙と比較すると、2024年の選挙ではトランプ氏を支持するラティーノ男性が増えたことが特徴的でした。国勢調査局のデータで、ヒスパニックを含むラティーノの人々は経済所得や大学進学率が低いことが知られており、これまで民主党の政策の恩恵を受けてきた人も多かったので、今回も民主党を支持すると思われていました。しかし2020年選挙でラティーノ男性のあいだでは36%しかトランプ氏に票を投じていなかったのと比較すると、2024年にはその割合は55%まで増え、2割近くが新たに共和党支持に転じたことが投票日の出口調査の結果から明らかになりました。

そう遠くない過去にアメリカに移民としてやってきたラティーノの人々が、移民排斥の言説を遠慮なく主張するトランプ氏を支持した理由、そして民主党がラティーノの票を集められなかった要因の一つは、経済政策にあると考えています。今回の選挙では、トランプ氏が抱えるいろいろな問題を差し引いてでも、共和党に票を投じた方が自分たちの未来が明るくなると思った人々が多かったと言えるでしょう。

トランプ政権による政策の実現可能性

── 閣僚の人事が話題ですが、これからトランプ政権下で懸念されることはありますか?

議会で共和党が多数派になりましたが、特に下院で議席数を減らしているので、数名の共和党議員が離反すれば、法案が通らなくなる可能性もあります。またトランプ氏は、「スケジュールF」と呼ばれる連邦官僚人事計画を掲げ、閣僚や大統領府のスタッフに、大統領に忠実な人員を任命することを訴えてきました。しかし実際のところ、大統領の指令や方針に従わず、反旗をひるがえす人々も出てくるかもしれません。とくに大統領の方針に同意しない官僚のあいだで、作られた法律がなかなか執行されない状況が生まれることも懸念しています。

Alt National Park Serviceによるステッカーとワッペン
Alt National Park Serviceによるステッカーとワッペン

興味深い事例として、トランプ氏が第45代米国大統領に就任した2017年に国立公園で生まれた「Alt National Park Service」の存在があります。アメリカの国立公園には、内務省の管轄下で働くパークレンジャーと呼ばれる人々がいます。彼らは、公園を訪れる人々が安全にキャンプやハイキングを楽しめるように、制服を着て案内や管理を担当しています。「Alt National Park Service」は、前回のトランプ政権が国立公園の広報活動を規制しようとした際に、これに反発したパークレンジャーの人々によって立ち上げられた団体です。トランプ氏が国立公園の保護よりもビジネスのための天然資源開発を優先する政策を推していることについても反対しています。バイデン政権下では休眠状態になっていたのですが、今回のトランプ氏再選で、SNSで発信を続ける彼らの活動はまた活発になってきています。

このような団体の存在は、正式な国家とオルタナティブな組織の、両者の主張の間で矛盾が生じることを意味します。中央の連邦政府が、大統領主導でこれまでの慣例を度外視した指令を出した場合、現場の状況をよく把握しているパークレンジャーたちがこれに従わない可能性も充分にあるでしょう。

さらには、トランプ氏が行おうとしている大きな変革が、これまでさまざまな判例を積み上げてきた裁判所と真っ向から対立する可能性もあります。「フェデラリスト・ペーパー」では、大統領・議会・裁判所の三権分立のなかで、裁判所は一番弱い存在であると書かれています。予算を組むことができる議会はお金の力を持っていて、大統領は剣の力を持っているが、裁判所はそのいずれも欠いているからです。その裁判所が出した判決を正しいものとして社会の人々が受容してはじめて「権威」が認められます。実行力と予算のない裁判所が、今後どれだけ法の秩序を作り出せるのか、裁判官がどのような判決を下していくのか注視していく必要があります。アメリカにおける民主主義は、今とても大きな試練を迎えていると思います。

平松先生

平松 彩子
総合文化研究科附属グローバル地域研究機構アメリカ太平洋地域研究センター 准教授

2016年ジョンズホプキンズ大学大学院政治科学科博士課程修了、博士(政治学)。2008年東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻修士課程修了、2014年東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程満期退学。南山大学外国語学部英米学科講師を経て、2021年より現職。共著に『アメリカ政治の地殻変動──分極化の行方』(東京大学出版会、2021年)、論文に「アメリカ政治における自由と参加──民主化後の政治代表 」(『アメリカ研究』58 57-78 、2024年3月)「共和党におけるトランプと支持派の今後:連邦議会予備選挙における資金の供給源」(『国際問題』 712 25-35、2023年4月)などがある。

取材日:2024年12月20日
取材:寺田悠紀、ハナ・ダールバーグ=ドッド

 
アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる