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超高齢社会のジョブマッチング シニア就労をアプリで支える

掲載日:2018年9月14日

2018年7月下旬、千葉県柏市の民家で剪定技術を練習するSLFガーデンサポートのメンバー。ほとんどのメンバーはガーデニングの経験がないホワイトカラー出身の退職者だ。© 2018 The University of Tokyo.

4人に1人が65歳以上という超高齢社会、日本。高齢者を支えるために膨れ上がる社会保障費をどうするか、また財政破綻をどう回避するか、といったことに議論は偏りがちです。

東京大学先端科学技術研究センターの檜山敦講師(工学)はまったく違った日本の未来の姿を思い描いています。それは、高齢者が自らの可能性を十分に発揮して、若者を逆に支える、というもの。

先端科学技術研究センターの檜山敦講師 © 2018 The University of Tokyo.

そのために開発したのがGBER(ジーバー)というウェブアプリです。Gathering Brisk Elderly in the Region(地域の元気なシニアを集める)の略で、アクティブシニアの興味に沿った仕事を紹介し、大勢で仕事をシェアするのを手助けするのが狙いです。

アプリの名前にはライドシェア・サービス大手のUBER(ウーバー)と、「おじいさん、おばあさん」を融合した響きがあります。

GBERは千葉県柏市の高齢者団体によって実際に使われ、剪定などの仕事を住民や施設から請け負うのに使われるなど、なくてはならないツールになっています。

「多くの高齢者に会ってみると皆さんがすごく元気なのに驚かされました」と檜山先生は話します。「彼らは働きたいという意欲はあるけど、現役の時みたいに長時間は働きたくないと思っている。同じ場所に毎日通勤するのもいやだったりする。生活のためというよりも、健康のため、友達作りのためとか新しいことに挑戦したいとか、社会参加の一つの手段として就労をとらえているんです」。

人口ピラミッドをひっくり返す

2055年時点の日本の人口ピラミッドの図。左の図は若者世代がシニア世代に覆いかぶさられる社会の構造を示す。右側は、同じ統計を使いつつも図の見せ方を変えて年齢軸をひっくり返したもので、下に行くほど年齢が上がるように示され、底辺に大勢いる シニア世代が少ない若者世代を安定的に支える。© 2018 Atsushi Hiyama.

檜山先生は、テクノロジーによってそのようなニーズに応えつつ、日本の人口問題を解決することができると自信を覗かせます。先生が示すのは二つの人口ピラミッドの図。一つ目はおなじみの、0歳から110歳まで年齢が上がるにつれ人口が減り、少ない若者世代に大勢のシニア世代に覆いかぶされながら支えないといけないことを示す逆ピラミッドの形をした2055年の日本の人口構造。一方、もう一つの人口ピラミッドは、同じ統計を使いつつも図の見せ方を変えて年齢軸をひっくり返したもので、下に行くほど年齢が上がるように示され、底辺に大勢いるシニア世代が少ない若者世代を安定的に支える構造。二つ目の図が、檜山先生が想定する未来の社会の形です。

GBERはこのような社会を作るために先生が提示する「モザイク就労」のためのツールの一つで、多くの高齢者が分担して、今まで一人のフルタイム従業員が担ってきた仕事をこなすことができます。

クラウドソーシングとも言われる就業スタイルにおいて、高齢者の人材特性に対応したものを設計すべく、先生はGBER開発にあたって柏地区の高齢者コミュニティと何度もやり取りし、大きなコミュニティ単位のプロジェクトの管理をワン・ストップでできるアプリの開発を目指しました。

2018年7月末、SLFガーデンサポートという任意団体のメンバー20人ほどが、剪定の練習のため、柏市の民家の庭に集まりました。SLFガーデンサポートは東大の高齢社会総合研究機構の就労セミナーに参加したメンバーが2013年に立ち上げたコミュニティ組織セカンドライフファクトリーから派生したグループで、剪定やガーデニングの経験がないホワイトカラーの定年退職者が主なメンバーです。

2015年に設立され、剪定に興味がある人に講義や実習を通じて指導を行ってきました。SLFガーデンサポート代表の坂東明彦さん(72)によると、講習を受講、卒業したメンバーは約100人に上るとのこと。

「仕事半分、遊びと趣味が半分」

2018年7月下旬、千葉県柏市の民家の庭で剪定の実地指導を受けるSLFガーデンサポートのメンバ−。グループの剪定業務管理やメンバーの予定調整に東京大学の檜山敦講師が開発したアプリが使われている。今ではアプリは欠かせない存在だという。© 2018 The University of Tokyo.

「仕事半分、遊びと趣味が半分、みたいな感じかな」とグループに参加する意義について語る元銀行員の坂東さん。「仕事が終わったら酒を飲みに行くのも楽しみ。でないと長く続かないですよ」。

一つのプロジェクトに30人も集まることがあるグループにとってGBERは欠かせない存在。他のスケジュール管理のアプリに比べて、カレンダー形式でいつ、誰が仕事に参加できるかが一覧でき、2か月先まで予定が立てられるのが便利、と話します。

これまで、初級や中級レベルのスキルを持った高齢者には地域のシルバー人材センターに登録するのが一般的でした。シルバー人材センターは高齢者に「生きがい」を与え、地域活性化に貢献してもらうのが主な目的で、様々な単発の業務を安価で請け負ってきました。扱う業務は剪定、大工仕事、家庭教師やハウスクリーニングなど多岐にわたりますが、「軽作業」に限定されているためか多くの高齢者は充実感を得られず、低い登録率にとどまってきました。

剪定でも、シルバーセンター経由の業務では重機を扱うことが出来ず、一定の高さを超えた樹木は扱えないなど制限がある、と坂東さんは話します。

「シルバーセンターの場合、個人単位で働くことが原則ですが、我々はグループで仕事を請け負い、例えば30人に仕事を振り分けます。そうすることで数日ではなく3時間ほどで仕事を終えることができる。我々はプロではないけれど、シルバー人材よりちょっと上の領域を目指しているんです」。

GBERは保育士のアシスタント業務や農業などの短時間労働を提供するグループでも使われています。

GBERは多人数のプロジェクトを管理するのに便利なウェブアプリ。カレンダーや地図といった機能の他、どのような仕事や活動がユーザーの興味に合うかを調べるアンケートも備えている。© 2018 Atsushi Hiyama. (左) © 2018 The University of Tokyo.(右)

アプリの運用開始から2年間で、柏地域でのべ2300人以上に就労の機会が生まれました。檜山先生はアプリの機能を拡大し、個人の好みや経験データに基づいて興味の持てそうな仕事を勧めるようなサービスを始めたいと話します。

また柏地区以外にもこのアプリを広める予定で、熊本県や山梨県とも議論が始まっています。

シニア世代の労働市場にはまだまだ改善の余地が大きい、と話す檜山先生。これまでシニア層に斡旋される仕事は非常に高度な技能を持つトップレベルの人材向けか、シルバー人材センターで紹介するロースキルな業務しかなかったため、何百万人ものアクティブシニア、特にホワイトカラーの退職者たちの才能は生かされて来ませんでした。

「元気な退職者たちが活躍できる場を作って、若い人たちを支える仕組みを作れば、すごく安定した人口ピラミッドに読み替えられるんじゃないでしょうか」。

取材・文:小竹朝子

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