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火星にあった「海」はなぜ消失した?

掲載日:2024年6月17日

アドビイメージ画像
標高4205mのマウナケア山頂域にある天文台群 ©2024 岩中達郎


 約46億年前に誕生した火星。その火星にはかつて大量の水があり、温暖温潤な気候だったのではないかといわれています。川が流れた跡とみられる地形や、粘土鉱物など、これまでに火星の地表面に大量の液体の水があったと考えられる多くの痕跡が見つかっています。

しかし、現在の火星をみると、そこは酸化鉄を含む岩石や砂におおわれた極寒で乾燥した環境です。わずかな量の水蒸気や極域の氷は見つかっていますが、液体の水はありません。かつて存在した水はどこへ行ったのか?その謎を研究するのが、新領域創成科学研究科講師の青木翔平先生です。「火星の水がなぜ失われ、現在のような姿になったのか。そのプロセスを解き明かしたいです」と話します。

これまで日本、イタリア、ベルギーの大学や研究所で、地上大型望遠鏡や惑星探査機に搭載した観測装置が取得したデータを使って大気の成分を解析し、惑星環境や大気の進化を調べてきました。2020年には、火星の水が宇宙へ消失していく過程の一部を明らかにした研究で、惑星科学・超高層大気研究分野で特に優れた若手研究者に贈られるベルギー王立科学アカデミーのバロン・ニコレ賞を受賞。翌年、東京大学卓越研究員に選ばれ、2022年に東大に着任しました。

「大気は生命や惑星の環境を決める非常に大きな要素です。火星の大気を理解することで、地球のような生命が育まれる惑星環境の条件が分かると考えています」

日本とヨーロッパで火星の大気を観測する

日々、探査機から送られてくるデータと向き合っている青木先生ですが、いわゆる「天文少年」だったわけではないと話します。「よく『あの星は何?』と聞かれますが、分かりません(笑)。いまも昔も特に『天文好き』というわけではないです」

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新領域創成科学研究科講師 青木翔平先生

そんな先生が惑星研究者の道を志したのは、甲子園を目指して坊主頭で野球に打ち込んでいた高校時代。きっかけは「たまたま見た」というNHKスペシャルの火星特集でした。宇宙のはじまりや、生命が存在する可能性など大きなテーマが取り上げられていて引き込まれたと振り返ります。「番組のところどころに研究者のインタヴューが挟まれていて、大学で火星の研究ができるのだと思い、興味が湧きました」

その後、天文学を学べる大学を検索し、東北大学の理学部に入学。宇宙地球物理学科に進み、3年生の終わりごろから火星を中心とした惑星大気の研究を始めました。惑星の大気研究には、数値シミュレーションや、人工衛星に搭載する観測装置の開発といったさまざまなアプローチがあります。青木先生は、惑星探査機や大型望遠鏡の観測で取得したデータを使って大気の組成や温度、循環などを調べてきました。

「現在の火星は希薄な大気に覆われていて、その成分はほとんどが二酸化炭素です。そのなかに微量の水蒸気や一酸化炭素などの「微量大気成分」と言われる成分が存在します。それらの観測をすることで、惑星環境の進化や、水がどこに消えていったのかということを調べています」

大学院生時代には惑星軌道に到達している日本の惑星探査機がなかったため、当時最新の火星探査機だった欧州宇宙機関の「マーズ・エクスプレス」を使って、より深い分析がしたいと思いヨーロッパへ渡りました。イタリア宇宙科学研究所、ベルギー王立宇宙科学研究所、リエージュ大学で、火星大気の微量大気成分を測るExoMarsミッションなどの一員として大気成分の解析に取り組んできました。

そして探査機に搭載できない大型で高性能な装置で観測できるのが、地上にある大型望遠鏡。ハワイのマウナケア山頂域にあるすばる望遠鏡やチリのアタカマのアルマ望遠鏡など、標高4000-5000メートルの高地に行き、火星観測をしてきました。「全てリモートでも作業ができるのですが、それだと実際の現地の雰囲気は分かりません。現地に行けば、急に惑星からの信号が届かなくなって、外に出てみると雲がかかっているといった空の様子も随時分かります。望遠鏡を動かしてくれる人にも直接指示をして、自分のやりたい手法で観測しデータを取ることもできます」

望遠鏡や観測機でさまざまな色の光のスペクトルデータを取得し、それらを解析することで、大気の中に含まれる成分の量などを推測できると話します。

火星には海があった

青木先生が長く取り組んでいる研究の一つが、火星にあった水の量を推定するための「同位体比」の観測です。軽水(H2O)と中性子が1個多い重水(HDO)が含まれている自然界の水。火星にあった水の大半は色々な理由で宇宙空間に消失していったと考えられていますが、その際に重力を振り払う必要があるため、軽水の方が宇宙空間に逃げていきやすく、重水は重力に引かれ火星に残ると考えられています。この軽水と重水の比を調べ、地球の比と比較し火星にあった水の量を推定したところ、地球の6~7倍でした。海に換算すると北半球に水深約100メートルの海があったのではないかと推定できると説明します。

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今年2月、マウナケア観測所に1週間滞在した青木先生。NASAの赤外望遠鏡IRTFを使って金星を観測しました。©2024 岩中達郎

また、地表面から高度100 kmまでの水蒸気の分布を調べた研究では、火星の水は気温が暖かい時期に宇宙空間に消失していったことが明らかになったそうです。「火星には四季がありますが、南半球が秋や冬の温度が低い時期には水蒸気が氷になり、大気上層には行きません。ですが、気温が高くなる夏の時期には水蒸気は凍らないので、砂嵐を伴って大気が循環し、上層まで運ばれ宇宙空間に消失していくということが分かりました」

研究の醍醐味は、新しい惑星探査機が取得したデータを初めて見るときだと話す青木先生。「これまで見たことがないデータが取れるので、例えば新しい大気の成分が見つかったり、それまであると思っていた成分が見つからなかったりといった、今まで分かっていなかったことが分かります。望遠鏡も同じです。これまでとは違った波長で観測するなど新しい手法を使うことで、新しいことが分かるのです。その『はじめて見る』というのは心が躍ります」

2026年に打ち上げられる予定の、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する火星衛星探査計画(MMX)にもスペクトル分析チームの一員として参画しています。この世界初の火星衛星サンプルリターンミッションでは、火星の月「フォボス」に着陸し、火星から飛来する物質が含まれているとされるサンプルを採ってくる予定です。火星大気の気象や同位体比の観測も行う予定で、新たなデータの取得が期待されます。

今後は、火星と同様に太古に液体の水があった可能性のある金星の研究も進めていきたいと話す青木先生。2030年前後にはヨーロッパやアメリカが相次いで金星探査機を打ち上げる予定で、ヨーロッパの探査機のスペクトル分析チームの一員としてプロジェクトに参加する予定です。

「火星や金星といった地球型惑星の大気を体系的に理解したいと思っています。近年、太陽系の外での『第二の地球探し』が盛んにおこなわれていますが、系外惑星の大気観測で得られる情報が限られています。我々の太陽系での地球型惑星の環境や大気進化の理解を深めることができれば、第二の地球候補が見つかった時に、その知識が役立つと思っています。例えば『太陽系でいうと火星に当てはまる』などですね。そこに貢献していきたいです」

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