東大のバイオロギングの研究室でミズナギドリとウミガメを調査していた2人の博士が、2025年夏、画期的な書籍を世に出しました。
ポケットモンスター(ポケモン)の図鑑に記された7,500種以上の説明文からポケモンの生態を繙き、行動生態学の視点から分類して解説するPOKÉCOLOGYの図鑑です。
60万部超の大ヒット企画はいかに生まれたのか、企画にどんな思いをこめたのか、大学時代の研究内容は……?
ピカチュウがあふれる株式会社ポケモン
のオフィスで聞きました。
ポケモンの説明文をひたすら表に入力
YONEHARA Yoshinari
株式会社ポケモン
My First Pokémon プロジェクト
好きなポケモン:ニョロゾ

KINOSHITA Chihiro
イラストレーター
好きなポケモン:ヤミカラス
——企画はどのように生まれたのでしょう。
米原2019年に入社してから、ポケモン図鑑の説明文の多様な生態情報を表に入力する作業を続けていました。餌の探し方、眠り方、飛び方、縄張り……。ポケモンは現在1,000種類以上あり、バージョンごとに記述が違うため、説明文は7,500以上。特に目的はなく、面白いのでひたすら整理していたんですが、子どもとポケモンの最初の接点を作るMy First Pokémonという社内プロジェクトを知り、集めた情報を子ども向けの本にしようと考えて、23年にプロジェクトに入りました。生態学と科学コミュニケーションの素養があって素敵な絵が描ける人がいいと思い、きのしたさんに声をかけました。
きのしたポケモンの説明文を行動生態学の視点から見る人は米原さんだけだったでしょう。表を見ると、高すぎる体温とか霊的エネルギーとか、ポケモンならではの要素もありました。
——本の構成はどのように考えましたか。
米生態的に面白いと思ったトピックを中心に章立てをしました。たとえば、生活の章に「ポケモンの体温」という項目を立てました。体温の説明だけでも切り口は多様です。数万度~絶対零度と温度を記していたり、身体が熱によって変化する記述があったり。調節の方法も、脂肪や毛皮を使う、地熱や日光を使うなどいろいろ。それらを整理して見出しをつけ、適切なポケモンを選ぶのに苦労しました。
き実はカエンジシは4回登場しています。ゲームの中では控えめな存在ですが、体温でも群れでも雌雄の違いでも語れるキャラクターでした。

大槌の拠点で同じ釜の飯を食う
——東大時代にはどのような研究を?
米バイオロギングの研究室で、飛行速度、位置情報、加速度などから海鳥の飛行メカニズムと行動パターンを研究しました。翼が長くて滑空が得意なアホウドリやミズナギドリを調査することが多かったです。
き私は同じ研究室のウミガメチームで、代謝速度や胸びれの振り方、抵抗係数などを調べ、もっと速く泳げるのに遅い速度を選ぶ理由を探りました。自動車でいえば燃費が一番よい速度を選んでいるイメージです。
米調査拠点は大気海洋研究所の大槌沿岸センター
。きのしたさんはセンターを拠点にウミガメを調べ、私は無人島で海鳥を調査。陸ではともに生活する仲間でした。
——研究者の道もあったわけですよね?
き絵は学生時代から描いていましたが、ポスドク以降は絵と研究の両立が難しいと感じることもあり、2023年に独立しました。
米私は現実の生き物を研究するかポケモンを研究するかでした。日本かフランスで研究を続ける道もありましたが、ブルーオーシャンはここだと直感し、ポケモンの会社で何か新しいことをと決めて就職しました。
き研究室でもよくポケモンの話をしていましたね。
米一つの転機は、2015年の日本科学未来館の展示「ポケモン研究所
」でした。モンスターボールをもらって進み、適宜ポイントに置くと足跡や鳴き声などの情報が示される。それを繰り返してポケモンの種類を推理する企画でした。展示の最後に、現実世界の鳥の鳴き声とか環境の様子などに触れるコーナーがありました。私はその展示を少し手伝ったんですが、会場で子供たちが、ポケモンと似ているね、と言って眺めていました。興味がないと見逃すようなことに食いついているのを見て、ポケモンがからむと生き物にこんなに興味を示すのか、とハッとしました。それが心に残っていたように思います。
嗅覚を持って邁進する博士たち
——博士人材の特長はどんなことだと思いますか。
き生物の絵を描くならその対象を観察したいですが、それが無理なら信頼できる文献を探します。そこで適切な情報を見つける嗅覚を、私に限らず博士号を持つ人は持っているように思います。
米研究室の仲間は皆、好きなことに一心不乱でした。壁があってもかまわず進み、その分野の専門家になっていく。私もポケモンの生態情報調べの際は夢中でした。何の役に立つのかもわからず最大48万ものセル※を埋めようと思えるのが博士の特長かなと思います。
※表のマス目
——仮想世界のポケモンを描くには、現実世界の動物を描くのとは違う難しさがあったのではないでしょうか。
き定められたポケモンの表現ルールを守りながら生態の特徴を伝えるのが、楽しくも難しくもありました。たとえば、黒目を動かせないポケモンが餌を狙う様子を表すために角度を変えて描くとか……。
米現実のシマウマとシマウマっぽいポケモンを直接比べたら、人は前者の姿に囚われてポケモンの魅力が伝わりません。そこで、行動生態学が使うような枠組みを応用するアプローチを意識しました。たとえば、暑くなると水蒸気になり、気温が下がると元に戻るポケモンがいます。そこで熱力学の法則に反すると考えるのではなく、温度により身体の構造が変わると考える。現実の生き物にも近い例があるが、ポケモン世界ではより極端な事例もあると想像してほしい。現実世界につながる切り口を見せることを意識しました。
きマンタインは現実世界のマンタに似ていますが、この本にマンタは登場しません。水族館に行った際に「マンタインみたい」と気づいてほしい。ポケモンと実際の生き物をつなぐ要素に自ら気づくことが、両方を好きになる秘訣だと思っています。
米このポケモンは群れでいるぞ、あのポケモンはこうやって寝るんだ、などとワクワクした体験が、現実世界で見た生き物につながる感動を味わってほしい。それを楽しく無意識に体験してもらえたら本望です!
- きのしたさんの推しゲー
- 『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
』(任天堂)
「生き物の描き方がすごく好き。制作チームの哲学を感じます」
- 米原さんの推しゲー
- 『モンスターハンター
』(カプコン)
「登場するモンスター一体一体の描写に目が奪われてしまいます」
- 『最新研究で迫る 生き物の生態図鑑
』(エクスナレッジ、2025年) - ウミウシ、キンメモドキ、アカウミガメ……。生態学の論文をイラスト図解で解き明かすきのしたさんの著書。
- 『ポケモン生態図鑑
』(小学館、2025年) - ポケモンを生態の違いや共通点に注目して分析し、あざやかなイラストとともに紹介した大ヒット図鑑。


