プレイヤーの身体性・社会性・創造性に着目 画面から広がるデジタルゲーム研究の世界
「勉強もしないでゲームばかりして!」と親から怒られたことがある人に朗報です。
ゲームで遊ぶこと、ゲームを作ることに直結する学術分野が発展しています。
かつてはLudology(遊びの学)と呼ばれ、近年はGame Studies(ゲーム研究)と呼ばれるディシプリン。
居室の扉に「東京大学ゲーム研究室」と掲げる吉田寛先生に、ゲームの世界の概観、ゲーム研究の概略、そして知覚や認知経験に着目する自身のゲーム研究の大要について紹介してもらいます。


感性の研究ならゲーム>芸術
人文社会系研究科教授
YOSHIDA Hiroshi
私の専門はaestheticsです。「美学」と訳されてきましたが、私はこれを「感性学」として捉え直しています。学生時代は音楽を研究していましたが、昔からゲームが好きだったこともあり、最近のデジタルゲームは人間の感性を理解するための格好の研究対象だと、あるとき気付きました。ゲームはインタラクティブなメディアなので、プレイヤーの行為や経験がとりわけ重要になってきます。芸術よりもゲームの方が、現代の感性を考えるうえで有効だろうと考えて、ゲーム研究を始めました。
デジタルゲームは、PCで遊ばれるコンピュータゲーム、ゲームセンターに置かれるアーケードゲーム、家庭に置かれるコンソールゲーム、スマートフォンやタブレットで遊ぶモバイルゲームの4つに大別できます。それぞれ使用される技術が異なるだけでなく、私的空間か公共空間か、屋内か屋外か、というように遊ばれる場所やその社会的性格も異なります。ゲームの内容だけでなく、プラットフォームやメディア、インターフェースの多様性も捉える必要があります。そうした物質的・身体的要素もゲーム研究の重要な主題です。
- デジタルゲーム
コンピュータゲーム
アーケードゲーム
コンソールゲーム
モバイルゲーム - 非デジタルゲーム
ボードゲーム
カードゲーム
ダイスゲーム
紙と鉛筆のゲーム
テーブルトップRPG
スポーツ
紙と鉛筆のゲームとは、例えば、棒消し、三角陣取り、マルバツなど。テーブルトップRPGとは、人間同士の会話を通して行われるもの。サッカーや野球のように勝敗や得点を競うスポーツもゲームの一種です。
私の主な関心は、プレイヤーの知覚や認知経験です。ゲームは文学や映画とは違う、独自の表現技法を育んできました。その最たる例が、スクロール技術です。画面を上下や左右に動かすことで画面内の空間が画面外に続くかのように錯覚させる技術です。デジタルゲームが生みだした新たな空間や運動の感覚に興味を持ち、スクロールの技術と歴史についての論文を2004年頃に書きました。それが私のゲーム研究の出発点です。
デジタルゲームにはさまざまなスクロールの形式が見られますが、それぞれがプレイヤーに異なる空間や運動の経験を与えます。美術研究の方法論の一つに、作品の内容よりも形式に注目するフォーマリズム(形式主義)がありますが、私が目指したのはいわばゲームのフォーマリズム研究でした。
最新のゲームではなく少し古いものに着目するのも私の研究の特徴です。データが膨大で、操作が難しく、時間がかかる最新のゲームに馴染めず、シンプルだからこそおもしろかった昔のゲームを再評価したいというプレイヤーとしての思いもそこにはあります。映像音響技術の進化とゲームの進化は必ずしも同じものではありません。
ゲーム=遊び+ルール+ゴール
ゲームとは何か。簡潔にいえば、遊び(プレイ)に規則(ルール)と目標(ゴール)を加えたものが「ゲーム」です。遊びは自由で無秩序に行われますが、ゲームにはプレイヤー間での規則と目標の共有が必要です。また、ただの遊びとは違い、ゲームのプレイヤーには目標に到達するための努力が要請されます。とはいえ規則と目標があれば、すべてゲームではありません。たとえば受験勉強にも規則と目標がありますが、それはゲームではありません。遊びとしてのゲームは、実用性や強制とは無縁です。「役に立たないこと」が重要なのです。そしてプレイヤーがいつでも好きなときに始められて、好きなときにやめられなくてはなりません。
またゲームには信頼が不可欠です。お互いに相手が規則を守ると信じないと遊べません。練習すれば昨日の自分よりもうまくなるはず、という自分への信頼も大切です。ゲームは、対立や緊張を人工的に作り出して楽しむものです。それはプレイヤー同士の共同作業です。ゲームは、互いの存在を尊重しながら対立するという高度に知的かつ社会的な営みです。ゲームには孤独で反社会的な印象がつきまといますが、実際には、他人への信頼や、自分と社会との関係を見つめ直す要素が含まれているのです。
いま私が関心をもっているのは、ゲームを使って別の遊びをするという「メタゲーミング」の実践です。近年のゲームコミュニティには、本来の遊び方とは違うゲームの遊び方を、プレイヤーが独自に創造して楽しむ動きが見られます。YouTubeでもメタゲーミングの動画が大人気です。
- シューティング
古典=『スペースインベーダー』(タイトー、アーケード、1978年)※1
現代=『スプラトゥーン3』(任天堂、Nintendo Switch、2022年) - アクション
古典=『スーパーマリオブラザーズ』(任天堂、ファミリーコンピュータ、1985年)※2
現代=『クラッシュ・バンディクー ブッとび3段もり!』(アクティビジョン、PlayStation 4/Nintendo Switch、2017年) - 対戦格闘
古典=『ストリートファイターII』(カプコン、アーケード、1991年)※3
現代=『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』(任天堂、Nintendo Switch、2018年) - ロールプレイング
古典=『ドラゴンクエスト』(エニックス、ファミリーコンピュータ、1986年)※4
現代=『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(任天堂、Nintendo Switch、2023年) - シミュレーション
古典=『シムシティ』(マクシス、Amiga/Mac他、1989年)※5
現代=『あつまれ どうぶつの森』(任天堂、Nintendo Switch、2020年) - アドベンチャー
古典=『北海道連鎖殺人 オホーツクに消ゆ』(ログインソフト、PC-6001/PC-8801、1984年)
現代=『逆転裁判6』(カプコン、ニンテンドー3DS、2016年) - パズル
古典=『テトリス』(アレクセイ・パジトノフ、Electronika 60、1984年)※6
現代=『スイカゲーム』(アラジン・エックス、popIn Aladdin/Nintendo Switch他、2021年) - スポーツ
古典=『プロ野球ファミリースタジアム』(ナムコ、ファミリーコンピュータ、1986年)
現代=『eFootball ウイニングイレブン2021』(コナミデジタルエンタテインメント、PlayStation 4/Windows、2020年) - レース
古典=『ポールポジション』(ナムコ、アーケード、1982年)※7
現代=『マリオカート ワールド』(任天堂、Nintendo Switch 2、2025年)
『スーパーマリオブラザーズ』が発売当時の説明書では「アドベンチャーゲーム」と書かれていたように、ジャンルは移り変わることがあります。複数のジャンルにまたがるゲームも当然あります。3.の対戦格闘は2.アクションの下位ジャンルと捉えることも可能です。
足で「マリオ」をプレイする?
たとえば『スーパーマリオワールド』(1990年)を『Dance Dance Revolution』(1999年)のマット式コントローラーでプレイする「足マリオ」。手では簡単にできる操作も足でやるのは難しく、そこに新たな楽しみと挑戦が生まれます。古いゲームも、新たな遊び方を開発すれば、いくらでも遊び直せます。メタゲーミングは、「ゲームを遊ぶ(play game)」のではなく「ゲームで遊ぶ(play with game)」現象です。プレイヤーはゲームを使って再創造を行っています。
変わった遊び方を開発して、ゲームの難易度を自分でコントロールして楽しむ文化は、1980年代の「電子ゲーム」の時代から見られました。しかし現代ではそこにインターネット環境やプレイ映像配信技術の進展が加わり、製作側の想定を大きく超えた、ユーザー主導の文化が加速しています。
遊びやゲームには、もともとそうした柔軟な発想や自由な再創造を促す力が含まれています。人間の知性やコミュニケーション能力は遊びやゲームを通して進化したといわれていますが、メタゲーミングにもその一例を見ることができます。
ゲームには時代によって変化する部分としない部分があると私は考えています。コンピュータやインターネット、VRなどの技術の進展により、ゲームの種類や内容は多様化してきましたが、「規則と目標をもつ遊び」である点や「人工的な対立」を楽しむ点は、いつの時代も変わらないゲームの普遍的性質です。ゲーム研究者は常にその両面を見ていかなくてはなりません。メタゲーミングの動向を注視しつつ、時代や文化とゲームの関わりをこれからも考えていくつもりです。
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- スクロールしないもの
- 『スペースインベーダー』(タイトー、アーケード、1978年)※1
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- 縦スクロール(垂直方向)
- 『クレージー・クライマー』(日本物産、アーケード、1980年)※8
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- 横スクロール(水平方向)
- 『スクランブル』(コナミ、アーケード、1981年)※9
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- ベルトスクロール
- 『熱血硬派くにおくん』(テクノスジャパン、アーケード、1986年)※10
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- 上下左右の四方向へのスクロール
- 『ラリーX』(ナムコ、アーケード、1980年)※11
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- 斜め方向へのスクロール
- 『ザクソン』(セガ、アーケード、1982年)※12
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- Z軸に沿ったスクロール(奥方向or手前方向)
- 『クラッシュ・バンディクー』(ソニー・コンピュータエンタテインメント、PS1、1996年)※13
昔のゲームの多くは画面を構成する視点の位置とスクロールの方向が固定されていましたが、現在のゲームはプレイヤーが視点の位置やスクロールの種類を自在に選択できるものも多く、スクロールの方向別では分類できなくなっています。
- 吉田先生の推しゲー
- 『Monument Valley
』(Ustwo Games、iOSほか、2014年)
「エッシャーの騙し絵の如く、三次元と二次元の狭間で起こる錯覚を利用した傑作です」 - 『塊魂
』(ナムコ、PS2ほか、2004年)
「すべてを巻き込み塊を巨大化。想像力を拡張してくれる最高の「バカゲー」です」
- 『デジタルゲーム研究
』(吉田寛著、東京大学出版会、2023年) - スクロールからアーカイブまで、吉田先生のゲーム論考を集成したゲーム研究の必読文献。第33回大川出版賞受賞作。


