ゲームを裏で制御するAIは現実のスマートシティをも司る?
ChatGPTが登場するずっと前から、人工知能は身近な場面で活躍していました。
それはゲームのAIです。実は多彩な技術の集積場となっているのがゲームAIの世界。
20年以上ゲームAIを開発してきた三宅陽一郎先生が、ゲームの裏側で動くAIの仕組みと、それを実世界に応用する取組み、そしてゲームAIの今後について紹介します。
ゲームAIの端緒は『パックマン』

生産技術研究所特任教授
MIYAKE Youichiro
デジタルゲームは総合芸術です。シナリオ、デザイン、音楽、テクスチャー……と多様な要素が必要で、ゲームAIもその一つです。『パックマン』を筆頭に80年代から使われていますが、本格化したのは90年代半ば以降。3Dゲームが主流となり、奥行きのある空間でキャラクターが賢く動く必要が生じて、ゲームAIが発展しました。
ゲームの裏側では、3つのAIが動いています。キャラクターAIは登場するキャラクターの動きや会話を制御します。メタAIはゲーム全体の流れを調整します。空間AIは空間全般に関する思考を司ります。ゲームはエンタメなので、プレイヤーを楽しませる必要があります。敵にやられすぎているなら、敵を減らす。ぼーっとしているなら、雷で刺激する。いまは娯楽が多く、また遊んでもらうには「おもてなし」が必要です。どんなもてなしにするかをメタAIが考え、空間AIが教えた情報をもとに、キャラクターAIが動いています。
空間AIは、部屋のレイアウト、家具の配置、ドアの種類まで、キャラクターAIに空間情報を与えます。キャラクターAIには不明なことでも、上から見る空間AIなら一目瞭然。たとえば岩へ跳び移る際、この程度助走してこの辺で踏み切れと教えるのが空間AI。宇宙船の全てを制御する『2001年宇宙の旅』のHALのようなものです。
私は、京都大学で数学、大阪大学大学院で実験原子核物理学を学び、高エネルギー加速器研究機構で半年ほど実験をして修士論文を書きました。自分でAIの研究を始めたのは、東京大学大学院工学系研究科の博士課程で超伝導発電機による電力系統診断について研究を行った頃。2004年にゲーム会社のフロム・ソフトウェア
に入社し、『Demon's Souls』や『アーマードコアV』にAIの研究成果を反映しました。グラフィック重視の風潮のなか、ゲームAIをさらに磨き、転職した先でも大型ゲームに「メタAI」「キャラクターAI」「空間AI」を軸にAI技術を盛り込んでいきました。
デジタルゲームの内部では、3種類のAIが支え合って一つの分散協調人工知能システムを構成しています。
空間AIを実際の街に拡張する
ゲームAIに向き合うなか、この技術を実空間に展開したいと思うようになり、建築とAIの融合を目指して2022年に生産技術研究所へ。同所のインタースペース研究センターでは空間AIつきのスマートスペースを研究しています。空間そのものをAI化する技術です。
今後のゲームではプレイヤーを理解する技術が進むでしょう。行動履歴を集めると、この人は魔法を使わないとか、前に行きたがるとか、右からの攻撃に強いといった特徴が見えます。そうした特徴を踏まえてメタAIがゲームを変化させる流れが強まるはず。鍵は自動生成です。メタAIが状況に応じて多くの要素を生成します。ダンジョンが好きとわかれば数を増やす、飽き気味なら少し違う敵を生成する……。従来のゲームは開発元が1から100まで作るものでしたが、今後は+20程度はAIがプレイの都度作るものになります。世界中でプレイされたゲームのうち一番よいものを回収すれば「神ゲー」になる。デジタルゲーム誕生から70年を経て、他の芸術と同様に偶発性を取り込む段階に入ります。AIの生成技術はその発展を大きく促すでしょう。
簡単な記号変換を繰り返すことで図形を生成するアルゴリズムに、生物学者のAristid Lindenmayerが提唱したL-systemがあります。
たとえば以下の文字列の変換を考えます。
T(F)=F(+F)F(-F)F
Fを長さ1だけ直進、+を30度時計回り、-を30度反時計回り、括弧内は分岐処理でスケールが1/2になるとすると、枝のような図形となります。さらにこの変換をもう一度右辺に施します。
T(T(F))=F(+F)F(-F)F(+F(+F)F(-F)F)F(-F(+F)F(-F)F)F
これを先頭から読んで図示すると草のような図形となり、この変換をさらに繰り返すと、木の図形が生成されます。
どんなルールと解釈を適用するかにより、ゲーム内にさまざまな図形を生成することができます。

より)
- 三宅先生の推しゲー
- 『Detroit: Become Human
』(Sony Interactive Entertainment)
「自分がアンドロイドになって近未来都市で暮らすRPG。AIから見た人間社会を感じ、人間の身勝手さを味わい、AIの社会的立場を考えるのに絶好です」
- 『ゲームAI技術入門
』(三宅陽一郎著、技術評論社、2019年) - ゲームで使われるAIのしくみと作り方を解説する、プログラマー向けの基本の一冊。


