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トンネル内の大実験 大型低温重力波望遠鏡KAGRA、観測開始に向け最終調整へ

掲載日:2019年4月18日

岐阜県飛騨市神岡町の地下トンネル内にある大型低温重力波望遠鏡(KAGRA)で、レーザー光線を反射するためのサファイア鏡が入った防振装置をチェックするエンジニア。

2019年1月末のある日の午後、岐阜県飛騨市神岡町の川沿いにあるトンネルの前には雪がはらはらと舞っていました。静かでのどかな町にあるコンクリート造りのこのトンネルの外観には特に変わった特徴はありません。

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東京大学宇宙線研の三代木伸二准教授。

しかしこのトンネルの先には、天文学の歴史を塗り替える可能性のある巨大な地下望遠鏡が横たわっているのです。

KAGRAと呼ばれるこの望遠鏡の建設の中心的役割を担っているのは東京大学宇宙線研究所。目的は、星の爆発やブラックホールの合体など、宇宙で起きた大きな出来事によって生じる時空のゆらぎを重力波として観測することです。KAGRAの建設は2010年に始まり、早ければ今年末に観測開始すべく、現在最終調整を急いでいます。

ドイツ生まれの理論物理学者アルベルト・アインシュタインは1世紀以上前に重力波の存在を予言しましたが、その存在が証明されたのは2015年になってから。2台の検出器を持つアメリカのレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が重力波の直接検出に成功しました。

LIGO、そしてイタリアにあるヨーロッパ重力波観測所(Virgo)に、KAGRAが4台目の高感度検出器として加わることによって、天文学を大きく前進させ、宇宙の起源や本質にさらに迫ることができると期待されています。

「人類は、X線、赤外線、紫外線、電磁波など、様々な光の仲間によって宇宙を観測してきました」と話すのは宇宙線研の三代木伸二准教授。これまで、同じ宇宙線研の重力波観測研究施設長でもある大橋正健教授と共に、重力波の研究に20年以上関わってきました。

「重力波はこれらの光の仲間とは発生原理がまったく違います。重力波は重力を生じる質量の振動で、時と空間に生じたゆがみによって発生します。重力波を使うと、これまでとまったく違った新しい宇宙の見方が可能になるのです」。

岐阜県神岡町のトンネル内に設置された、直角に分かれ3キロにわたって伸びる2本の真空ダクトの1本。この中にレーザー光を通し、重力波を観測する。

重力波はどうやって検出する?

他の重力波観測所と同様、KAGRAは「レーザー干渉計」という装置を利用し、重力波によって生じるレーザー光の干渉の変化を調べます。まず、レーザー光源から発せられた光は管を通り、ビームスプリッターと呼ばれる鏡で二つに分けられます。直交する二つの光はそれぞれ3キロの管の先端まで行き、そこに端においてある鏡で反射され、またビームスプリッターまで戻り、互いに合わさって光の干渉という現象を起こします。重力波がない状態では、それぞれの光波は山と谷で重なりあって打ち消されるように装置を工夫しているので、干渉光は検出されません。

しかし、重力波が来てわずかに空間がゆがむと、鏡が動いて一方の光が走る距離が伸び、もう一つの光が走る距離が縮みます。光がビームスプリッターに戻ったとき、この状態では二本の光波の山と谷は一致せず、結果として干渉光が強くなります。このようにして重力波が来たことを察知するのです。

重力波は、星が一生を終えて爆発する超新星爆発現象、ブラックホールの合体、そして中性子星同士の合体現象などで発生しますが、一つの銀河でこのような現象が発生する頻度は極めて低いのが問題です。観測頻度を上げるために、地球からはるか遠くに離れた場所で発生し、非常に弱まってしまった重力波でもとらえる必要があり、そのため、検出器は非常に高感度である必要があります。

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KAGRA坑内にて、機器をコントロールするコンピュータシステムについて説明する三代木先生。

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クライオスタットと呼ばれる、鏡をマイナス253度まで冷やす装置の側部。

地下と極低温

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KAGRAで使われるサファイア鏡のプロトタイプ。KAGRAに組み込まれた実際の鏡は、光を正確にかつ効率的に反射するよう、鏡の表面は極めて滑らかに研磨している。

KAGRAには、他の望遠鏡にはない二つの特徴があります。一つは地下にあること、もう一つは鏡が極低温まで冷やされること。

観測施設は神岡町の池ノ山にある、かつて銀や亜鉛を産出した神岡鉱山内の山裾から200-500メートルの地下に位置します。同じ池ノ山の山頂から地下1,000メートルには、同じく東大宇宙線研が中心となって運転する世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置、スーパーカミオカンデがあります。ここでの実験によって素粒子ニュートリノが質量を持つことが発見され、梶田隆章宇宙線研究所長の2015年のノーベル物理学賞受賞につながりました。

KAGRAが地下に潜るのは、地上の振動を抑えるためです。

「重力波の到来によって変化する鏡と鏡の距離は非常に小さいもの。逆に言うと、それだけ小さい距離を動かす要素はいっぱいあるわけです。一つは地面の振動。地面の振動が鏡に伝わりにくくするために、鏡を糸のようなもので吊っています。地下に潜らせたのも振動を減らすためで、地上の100から1,000分の1に振動を抑えられます」。

鏡を極低温技術を使って摂氏マイナス253度に冷やすのは「熱振動」を抑えるためです。

「いろんな雑音がありますが、すごく除くのが難しいのが、鏡自身の熱による振動です。熱振動を抑えるために鏡を冷やせばいい、という発想は1990年代からありましたが、技術的な課題を克服する必要がありました。なぜなら、鏡は熱伝導が非常に悪く、なかなか冷やせないから。なので、KAGRAではサファイアの単結晶という新たな素材を開発しました」。

さらに、鏡が光を正確にかつ効率よく反射するよう、鏡の表面は0.1ナノメーターの凸凹も許さないほど真っ平らに研磨しています。

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高エネルギー加速器研究機構の都丸隆行准教授(取材当時、現国立天文台教授)。極低温技術の開発に長く関わってきた。

また、レーザー光源の設置された部屋やサファイア鏡を扱う場所には塵が混入しないよう、スーパークリーンルームも開発しました。 「スーパークリーンルームというのがどれくらいクリーンかというと、一立方メートルの体積の中に直径1マイクロメーターの埃が1個か2個しかない。太平洋の海の中にアジが10匹しかいない、という感じです」。

さらに、クライオスタットと呼ばれる、サファイア鏡を格納する超真空の容器と冷凍庫を、純度99.9999パーセントのアルミニウムでできたワイヤーで繋いでいます。

「我々の研究には、鏡を効率良く冷やすための素材の開発も含まれます」と話すのは共同研究機関である高エネルギー加速器研究機構の都丸隆行准教授(取材当時、現国立天文台教授)。

「我々の開発したアルミニウムでは効率的に冷やすことが可能になりました。このアルミニウムは、極低温下では室温より数百倍効率よく熱を伝えることができます」。

これらの技術革新は、重力波の検出に重要なだけではなく、将来的に様々な分野に応用されていく可能性があります。

例えばスーパークリーンルームは、製造現場において、歩留まりのよい精密機器を作るのに役立つ可能性があります。また酒蔵では、細菌の混入を防いで賞味期限の長い酒を造ることができるかもしれないと三代木先生は話します。一方、都丸先生によると、病院で使われるMRI(磁気共鳴画像法)機器も小型の冷凍庫を必要とするので、KAGRAで開発された小型かつ低振動の冷凍機が役立つ可能性があるとのこと。

世界中から集まる共同研究者

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KAGRAの防振システムを研究するルチア・トロッツォ博士研究員。

KAGRAでは都丸先生をはじめ、様々な研究機関の物理学者たちと連携・協働の下、開発が進められてきました。

ルチア・トロッツォさんは、イタリア出身の博士研究員でKAGRAのサファイア鏡の防振装置を専門に研究しています。トロッツォさんは以前、Virgoに携わっていました。

KAGRAの鏡もVirgoのものと似た構造で吊り下げられています。

サファイア鏡は直径22センチメートルで、14メートルの多層振り子からなる装置に装着されています。この構造は、鏡を極限まで揺れないようにして重力波による動きのみを感知するために作られました。トロッツォさんは、地面や人間による振動を排除するには鏡やサスペンションワイヤーなど、懸架システムのすべてが完璧にコントロールされている必要があると語ります。

「KAGRAが(重力波望遠鏡の)将来の発展に果たす役割は非常に大きいです」と2018年7月から富山市に住むトロッツォさん。「極低温と地下にあるというデザインがこれからの重力波望遠鏡にとって良い選択なのかを見極めることも非常に重要です」。

KAGRAはアジアの他の地域からも注目を浴びています。台湾国立中央大学の井上優貴物理系助教は、重力波検出器の精度追求(キャリブレーション)チームのメンバー。検出された重力波データの信頼性をどう確保するかを研究しています。

「キャリブレーションにはずっと興味がありました。観測は測るだけでは十分ではなく、それがどれくらい正しいかきちんと検証しなければなりません」と井上先生は話します。「装置、計算、理論と様々な方面からアプローチする必要があります」。

アジアで初の重力波観測施設になるKAGRAは、アジア全域の科学者のネットワーク構築にとって重要な役割を果たす、と自身も台湾と日本を頻繁に行き来する井上先生は見ています。KAGRAのおかげで、台湾の若い研究者は重力波物理学を自分たちの研究分野の選択肢として身近に考えられるようになりつつある、と話します。

競争と協働

興味深いのは、2015年にLIGOチームが初の重力波検出に成功するまで、KAGRA、LIGO、Virgoは初検出を目指して熾烈な競争を繰り広げていたにも関わらず、同時に密接に協力もしてきたことです。

三代木先生は、KAGRAの参加は科学者たちが重力波の位置を突き止めるために不可欠だと話します。少なくとも3つの別の場所にある望遠鏡の地球への到着時間の差を分析することで、重力波が宇宙のどこから来たのかを突き止めることができるからです。

また、観測装置は非常に複雑かつ繊細なため、常時稼働することができないといいます。一つどこかが崩れると、再度観測できる状態に戻すのに時間がかかるため、一台の稼働率は60-70パーセントだと話します。

「一つの重力波望遠鏡の運転は皿回しを千枚やっているような感じです」と三代木先生。「一枚落ちただけでも全体がだめになってしまいます。1台がそういう状況だということは、3台が同時に動いている時間帯というのは実際には30パーセントしかありません」。

従って、専門家の間では、重力波の観測には少なくとも検出感度の高い方向がそれぞれ異なる3台の観測装置が必要で、4台か5台あることが理想だと考えられてきました。

「確かに、ファーストディテクション(初検出)では競争していたのですが、その当時から、お互いの技術は100パーセント見せ合って、教え合っている感じでした。それはやはり、重力波をとらえるということ自体が物理学では不可能に近いほど難しいことだと考えられていたからです」。

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これまでの重力波の観測から得られた知見のレベルを考えると、KAGRAが宇宙物理学に与える影響は非常に大きいものになると期待される。

2019年4月1日、LIGOとVirgoはO3と呼ばれる、1年間にわたる3回目の共同観測を開始しました。KAGRAは今年末にもO3に参加することを目指して準備を続けています。これまでの重力波の観測から得られた知見のレベルを考えると、KAGRAの参加が宇宙物理学に与える影響は非常に大きいものになると期待されています。

「重力波の観測によって、私たちが想像していたような宇宙の歴史とはまったく違う歴史が宇宙誕生のあとに存在することがわかりつつあります」と三代木先生。

例えば、2015年に最初に観測された重力波は、13億年前のブラックホールの衝突によって発生したものだと考えられていますが、それ以降、LIGO-Virgoの共同観測によって、9つのブラックホールの合体と、一つの中性子星の合体が確認されました。

「以前は、ブラックホールやその合体は、理論でしか予測できませんでした。それが、 ブラックホールが存在することを直接証明し、そのブラックホールが二つぐるぐる回りながら合体したことも証明してしまった。それまでレア中のレアだと考えられていた状況が、観測によってレアではない、ということがわかりつつある。我々の考えていた常識が完全に突き崩されている状況です」。

三代木先生は、今後の研究の展開に大きな期待を寄せます。

「新しい観測によって、宇宙の誕生についての新しい理論やストーリーが次々と生まれています。我々の研究によって、数十年後は、もっと大きな知見を得ることができ、天文学として大きな成果を上げられると期待しています」。

取材・文:小竹朝子 / 写真:ロワン・メーラー

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