AI革命が問いかけるもの 東京フォーラム2019 パラレルセッション「デジタル革命」レポート
このシリーズでは、地球と人類社会が直面する課題について議論し意見交換するためにスタートした国際会議「Tokyo Forum(東京フォーラム)」について取り上げます。東京フォーラムは東京大学と韓国の学術振興財団Chey Institute for Advanced Studies (CIAS) が共催し、 毎年開催されます。2019年12月6日から8日、本郷キャンパスで開催された会議には、政治、経済、文化、環境などの分野のリーダー120人以上が世界中から集まり、「Shaping the Future(未来を形作る)」というテーマで議論に参加しました。
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トマトの苗木へと伸びたロボットアームが、未熟な青いトマトを避けて、真っ赤に熟したトマトだけを摘み取っていく。小型カメラが患者の体の奥深くまで侵入し、病気の疑いのあるしこりをスキャンして、外科医が遠隔操作で癌かどうかをリアルタイムで判断する。監視カメラが群集をスキャンし、画像をクラウドコンピュータにアップロードして人の顔のデータベースと照合する。
私たちは人工知能(AI)をどのように規制し、信頼し、管理し、そしてどう定義すべきでしょうか。AIをめぐる多くの問題が、今も未解決のまま残されています。12月6日~8日、東京大学本郷キャンパスにて「東京フォーラム2019」が開催され、会議2日目に「デジタル革命」と題したパラレルセッションが開催されました。セッションで登壇したパネリストらは、AIが何であるにせよ、既に私たちの生活の中にAIは浸透しており、今後もその重要性と存在感を増していくと明言しました。
目覚ましい進化の時代
「IoT、AIとハードウェア産業」と題したセッション1では、東京大学の光石衛教授と米国ノースウェスタン大学のジアン・チャオ教授がモデレーターを務め、産業界、アカデミア、行政の主要関係者らがパネルディスカッションを行いました。パネリストからは、半導体から航空機、医学から経済学に至るまで、幅広い分野における最新の研究成果について解説があり、実現が目前に迫った驚異的な新技術の一端について紹介がありました。全体的には好奇心を煽る内容であり、慎重ながらも楽観的な議論がなされました。東京大学の藤本隆宏教授は、これから訪れつつある新たなロボット・イノベーションの時代を「カンブリア紀の爆発」と表現し、5億4千万年前に起きた生物の大出現になぞらえました。
AIとロボット工学に関する議論では、自律型掃除機、インタラクティブ・ホログラム、ヒューマンマシン・インターフェイスなどがよく話題の中心になります。しかし、台湾の半導体メーカーTSMC副社長のフィリップ・ウォン氏からは、自身の企業も積極的な役割を担っているリサイクルや排出量削減といった分野で、より重要な技術イノベーションが進んでいることの紹介がありました。また、AIの進歩は間違いなく魅力的な新製品やサービスをもたらす一方、多くのパネリストらはテクノロジーによって私たちの生活からモノや行動が奪われる可能性を指摘しました。しかし、これはポジティブな展開であり、こうした進歩は私たちの資源や時間の節約につながるともいえます。
一例として、東京大学の染谷隆夫教授からは、皮膚のようなセンサーを患者の体に貼り付けることにより、医療データを主治医や病院に送信する技術について解説がありました。この安価な使い捨てセンサーが実用化されれば、病院や診療所は高価で大型の医療機器を減らす、あるいは全く購入する必要がなくなるかもしれません。患者にとっては通院頻度が減り、貴重な時間と体力を温存することができるでしょう。
ドイツ・フラウンホーファー研究所/シュトゥットガルト大学のフリッツ・クロッケ教授と日本の工作機械メーカーDMG森精機の森雅彦社長は、製造業の技術進歩について議論しました。この業界では200年以上前の機械式織機の発明以来、オートメーション技術が重要な役割を果たしてきました。近年のオートメーション技術は、マシンに標準化されたタスクを設定するという従来の枠組みを超え、マシン自体が複雑な状況を判断して独自の意思決定を行うことが可能となりつつあります。例えば、今日の大半の工場では、ロボットアームが部品を拾い上げて作業できるように、あらかじめ部品を正確に等間隔に並べておく必要があります。しかし、AIの持つ視覚能力を用いた次世代の工場ロボットは、様々なパーツが何の規則性もなくランダムに混ぜられた容器の中から、必要な部品を取り出すことができます。
午前のセッションのパネルディスカッションでは、AIの人間的あるいは技術的な限界といった難しい課題について意見交換が行われました。中でも、「AIをどこまで信頼できるか」という話題について活発な議論が交わされました。一部のパネリストからは、人々がAIのプロセスにおけるhow(どのように)とwhy(なぜ)を理解すれば、AIによる意思決定を信頼して受け入れられると述べられました。しかし、他のパネリストは、AIの頭脳とも言うべきアルゴリズムとコンピュータプログラムは人間の理解を超えている面があり、計算に用いられるデータ量とその処理速度が並外れていることを指摘しました。もし、AIデバイスがどのように機能しているのかを理解できなくても、私たちはそのAIが下す意思決定の合理性と有効性を判断することができます。
あるパネリストは、AIをタクシーの運転手に例えました。私たちはタクシーに乗るとき、運転手や車の全てを理解しているわけではありません。しかし、過去の経験や社会的な普及状況に基づいて、タクシーというコンセプトを信頼しています。このようにして、私たちはサービスの恩恵を受けることができます。光石教授は、会議最終日のサマリーセッションで本パラレルセッションの内容を総括し、意思決定に求められる時間的余裕の度合いによっては、人間とテクノロジーがタスクを共有できる可能性があると示唆しました。そして、「それを理解すれば、私たちはAIと人間の間で、より適切な意思決定の配分ができるようになる」と述べました。
高齢化社会で求められるもの
昼食を挟んで、「AIとヘルスケア」と題したセッション2が行われました。これは急速に高齢化が進む日本において特に関連の深いトピックです。本セッションでは、韓国科学技術院(KAIST)のドンスー・クォン教授と東京大学の佐久間一郎教授がモデレーターを務めました。イタリア・聖アンナ高等学院のパオロ・ダリオ教授と米国ジョンズ・ホプキンス大学のラッセル・テイラー教授は、数十年にわたり医療ロボット工学の分野に貢献してきた2人です。両教授からは、医療ロボット工学の進歩は革新的な新発明によってもたらされたものではなく、地道な研究に基づく小さな改善の積み重ねの賜物であると述べられ、豊富な経験を踏まえて現実的で自信に満ちた発言がありました。
テイラー教授は、人々がAIに求めることを「人間の意図と行動を仲介する」という言葉で端的に表現しました。それこそがテイラー教授が取り組む手術用ロボットの開発テーマでもあります。手術用ロボットの多くは、人間の手の動きを顕微鏡レベルで再現するためのインテリジェントなインターフェイスを備えています。そこでは、患者の体内に埋め込まれた小さなデバイスが外部装置を介して外科医による手術手技を再現します。
フランス・レンヌ大学のピエール・ジャナイ教授は、医療テクノロジーの目標は、時間、コスト、侵襲性、必要な専門知識を減少させることであると述べました。また、AIに代表される新技術の開発における文化的な配慮の重要性を強調しました。ジャナイ教授は、何らかの機能を備えた有用なソフトウェアやハードウェアが、その開発国で積極的に導入されたとしても、文化的に異なる別の地域では不適切あるいは逆効果とみなされる可能性があることを指摘しました。
医療テクノロジーは、患者の診断や治療に応用されるものと思われがちですが、東京大学の原田香奈子准教授の研究は、術前の医師の仕事を支援することに着目しています。原田准教授の研究グループは、ヒトの解剖学的構造を模倣したロボットやモデルの開発に取り組んでおり、外科医はこの技術を用いて実際に手術を行う前に手順を練習できるようになります。
未来を導く
この日の最後に行われた3つ目の「社会科学と政策」セッションでは、東京大学の城山英明教授と江間有沙特任講師がモデレーターを務めました。本セッションではハードウェアやロボットなど、ハードな技術の世界の議論から、AIやその他のデジタルテクノロジーに関連した倫理、経済、法律、規制といったソフトな分野についての議論が掘り下げられました。このセッションの論調は、前の2つのセッションでのハードサイエンスの主要関係者らが示した慎重ながらも楽観的な議論とは対照的な面もありました。
1人目の演者のオーストラリア国立大学のトニ・アースキン教授は、既に存在する一定の自律型兵器システムの開発に伴う、難解で時に矛盾した倫理的問題について紹介しました。アースキン教授は、これらのシステムを用いて犯した暴力行為に対する人間の責任感が、AIの導入によって欠如してしまう危険性を警告しました。その一方で、ある軍の将校が自律型の機雷除去ロボットを破壊するテストを「非人道的である」として中止した事例を紹介しました。AIは人間性を奪うリスクがある一方、人は機械に人間性を与えることにも抵抗がない場合があるようです。
何人かのパネリストらは、政府によるデジタル産業の規制作りの難しさについて述べました。米国MITインターネットポリシー研究所のテイラー・レイノルズ氏は、AI管理のための様々な規制のベースとなる、第一原則の策定に向けた政府だけではない民間レベルも含めた各国の取り組みを紹介しました。東京大学の米村滋人教授は、多くの国や組織が概ね同様の原則を採用しているものの、それらの声明のニュアンスにはかなりの違いがあることを紹介しました。
中国科学院脳知能研究センターの曽毅教授は、このように急速に変化するテクノロジーを「厳しい」規制で縛ることは極めて難しいと述べました。そして、政府と産業界との対話や社会の人々の意見を聞くことを通じた「ソフトな」規制作りのアプローチの方がより適切ではないかとの見解を示しました。また、複数のパネリストからは2番目のセッションと同様、AIと人間との間のキャパシティや処理速度の隔たりは大きく、AIが思考する過程を理解したいという願望は現実的でないとの指摘がありました。曽教授が述べたとおり、AIに「透明性」を求める規制は多くの場合、技術的に限界があります。
この日のセッションの構成は、ある意味でAIとデジタルテクノロジーの過去、現在、未来を表しているようでした。最初の2つのセッションは、この分野におけるこれまでの成果と、その背後で忍耐強く行われてきた素晴らしい研究を紹介するものでした。また、現在の研究開発が直面している難解で不可解な問題が提起され、こうした問題は今後の継続的な努力と創意工夫によって解決される見通しであることが示されました。
一方、セッション3では、これらのテクノロジーによって劇的に変化する未来に目が向けられ、場合によっては私たちが予測不可能な形で変化する可能性が示唆されました。こうした変化に対し、私たちの法律、倫理、経済システムを整備することは、単にハードウェアやソフトウェア開発の次のステップを理解することよりも、はるかに困難で悩ましい課題と言えるでしょう。
この記事はUTokyo FOCUSに掲載された東京フォーラム2019についての英文記事の翻訳です。セッションの一部は東京フォーラムウェブサイトにて視聴いただけます。