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大国間競争の中で世界はどこに向かうのか? 東京フォーラム2019パラレルセッション「非グローバリゼーション時代における人類全体の安全保障の追求」レポート

掲載日:2020年3月4日

このシリーズでは、地球と人類社会が直面する課題について議論し意見交換するためにスタートした国際会議「Tokyo Forum(東京フォーラム)」について取り上げます。東京フォーラムは東京大学と韓国の学術振興財団Chey Institute for Advanced Studies (CIAS) が共催し、 毎年開催されます。2019年12月6日から8日、本郷キャンパスで開催された会議には、政治、経済、文化、環境などの分野のリーダー120人以上が世界中から集まり、「Shaping the Future(未来を形作る)」というテーマで議論に参加しました。

大国間競争は、地政学的にも通商的にも緊張を高めている Credit: Slay/Shutterstock.com 

世界最大の経済大国である米国と、世界第2位の中国。加速する大国間競争の中で、世界はどこに向かうのでしょうか?

「非グローバリゼーション時代における人類全体の安全保障の追求」と題したパラレルセッションに出席した専門家らは、地政学的にも通商的にも緊張を高め、関係を悪化させるばかりの両国間の対立に対し、実行可能な解決策を見出すことは容易でないとの認識で一致しました。

藤原帰一東京大学教授

「東京フォーラム2019」の2日目にあたる2019年12月7日に行われた本セッションでは、東京大学の藤原帰一教授がオーガナイザーを務めました。

東京フォーラム2019の開催日は、米国とソ連の冷戦終結の要因となったベルリンの壁崩壊30周年を祝って何万人もの人々がベルリンに集まった、その約1ヵ月後にあたります。しかしながら、この日の演者らの間に祝福ムードは見られず、米国とその現在のライバルである中国との間で激しさを増す対立について多くの議論が交わされました。

最初のパネルセッションでは、はじめに東京大学のヘン・イークアン教授が人工知能(AI)に着目した講演を行いました。ヘン教授は、2017年のロシアのプーチン大統領の「この分野でリーダーになった者は誰でも世界の支配者になれる」という発言を引用したり、2019年に米国のトランプ大統領が発令した、AI分野における米国のリーダーシップ維持を目的とした大統領令などを挙げ、各国がAI分野における世界的な覇権の樹立に関心を寄せていることを指摘しました。

ハイテク分野における大国間競争の激化にもかかわらず、ヘン教授は、国際的なコミュニティにはまだヘルスケアをはじめとする多くの領域で協力する機会があると指摘し、技術開発が一方にだけ利益を、もう一方に不利益をもたらさないような方法で、AIの応用を推進できると述べました。

続いて東京大学東洋文化研究所の佐橋亮准教授は、大国間競争が東アジア地域秩序に与える影響について、日本の視点から解説しました。

新興テクノロジー開発は制限されるべきでないが、米国の規制と政策はイノベーション空間における開放性に変化をもたらしていると佐橋准教授は述べ、米国は、中国との輸出入取引、特に情報通信技術分野における貿易を制限している、と付け加えました。

佐橋准教授はまた、日本について、法規制に則った経済活動を求めるという意味で米国と立場を同じくするものの、経済的・技術的に中国と密接に関連しているため、米国のテクノロジー政策とは完全に一致しない、と述べました。安全保障上のテクノロジー分野の規制や輸出管理はある程度必要であるにせよ、グローバル・バリュー・チェーン(製造業などの国際分業体制)を切り離すことは、日本を含む多くの国にとって困難だろう、と話しました。

エネルギー安全保障による地政学への影響

高麗大学のリ・ジェソン教授は、北東アジアにおけるエネルギー動向と地政学的な新局面について論じました。この講演では、再生可能エネルギーの出力量の急激な増加や、微細な粉塵粒子による大気汚染への緊急対応の必要性などがトピックとして触れられました。

リ教授は、再生可能エネルギー開発がもたらす地政学的な影響を、大きく2つに分けて考察しました。化石燃料の供給競争が緩和され、二国間政策によって当該国双方がエネルギー安全保障上の利益を得るなどのポジティブな面と、外交的緊張が増大し国家主導の協調関係が妨げられるなどのネガティブな面がみられると述べました。

また、リ教授はエネルギー関連の新たな競争分野に言及し、その一例として現在進行中の「一帯一路」構想と「Asia EDGE」間の競争を挙げました。一帯一路構想は2013年に中国が提唱した、陸と海の地域インフラ強化を目指す計画であり、Asia EDGEは2018年に米国が提唱した、インド太平洋地域全体における安全かつ持続可能なエネルギー市場の創出を目的とした構想です。

「一帯一路」は中国の対外戦略の中核を占める構想で、陸と海の地域インフラ整備を目指す Credit: YIUCHEUNG/ Shutterstock.com

こうした状況にもかかわらず、リ教授は、テクノロジーの進歩が長期的には相互依存および多国間プロジェクトのレベルを高め、市場の統合が進むと予想しています。「サイバーセキュリティ、デジタルインフラ、原子力安全保障、国境を越えた大気汚染といった課題に対しては、より全人類的な対応が求められます」

北京大学の雷少華准教授は発表の冒頭で、グローバル化の時代においては、グローバル・バリュー・チェーンと国際的な産業構造の拡大が国際関係の再構築をもたらしたと述べました。 その結果、安全保障の性質が変化し、重点が戦争の阻止から産業の保護に移行したと指摘しました。

雷准教授は、大国間競争を再構築するための最も重要な要素として、産業構造、最先端技術、市場規模の3つを挙げました。

そして、今後数年間の技術革新がこの競争に刺激をもたらすと予測しました。

大国間競争の新たなトレンド

雷准教授は、昨今の米中関係は2大国間の競争の新しいトレンドを反映しており、両国はハイテク分野における覇権争いをしていると述べました。そして、中国の通信会社ファーウェイに対する米国の貿易禁止令は、中国によるAIや5Gなどの情報処理・通信強化の新技術の商業化を止めるものではないと指摘しました。

雷准教授は、この2大国間の対立は、かつて米国とソビエトという超大国間で起きた冷戦の対立とは著しく対照的であるとの見解を示しました。 そして、今日の世界が直面している危険とは戦争ではなく、2つの異なる科学・技術標準システムが出現する可能性であると述べました。

雷准教授は、中国と米国は2008年の世界的な金融危機への対応に共同で取り組んだときと同様、互いに協力する必要があると強調しました。

後半のパネルセッションでは、はじめにシンガポール国立大学のカンティ・バジパイ教授が登壇し、過去30年間の東アジアにおける大国間競争は、勢力の不均衡や抑止力、経済的相互依存、 包括的な地域機関という3要素の組み合わせによって抑制されてきたと指摘しました。

バジパイ教授は、これら3要素から成る構造が現在、勢力バランスの変化、経済的相互依存に対する不信感、既存組織の構造の不安定さによって揺らいでいると述べました。そして、安心感と信頼感を育む方法によって抑止力を強化し、さらにはコンピューター関連の課題と技術に関する包括的な取り決めの交渉を通じて、冷戦後期を制御したような強力な二極性の勢力バランスが構築されれば、地域の安定化をもたらしうると述べました。

具体的には、核、海事問題、サイバーセキュリティなどの大国間の問題を専門的に扱う全アジア的な組織の設立を提案しました。欧州には世界最大の地域安全保障組織である欧州安全保障協力機構がある一方で、アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)が設立したASEAN地域フォーラム(ARF)があります。バジパイ教授は、ARFの活動は主に非軍事的な脅威に注力する非伝統的安全保障に向けられていると指摘しました。

バジパイ教授は、大国間の安定を目的としたアジアの安全保障組織の必要性がますます高まっていると述べました。そして、米国、中国、ロシアなどの大国がそうした地域安全保障メカニズムに懐疑的であろうとも、激化する対立や、さらには最悪の場合の意図せぬ戦争を回避するためにも、各国にとって参加する意義はあると述べました。

東京フォーラム2019のパラレルセッションの中で、変化するテクノロジーと地域への影響について議論する専門家たち

北京大学の張清敏教授は、冷戦下の米国との対立の中で始まった、中国における3段階の発展の道筋を示しました。そのうちの第2段階は、1979年の米中の国交正常化から最近まで続き、両国ともに有益で安定した二国間関係を享受しました。そして、現在の第3段階は、近年の米中関係における不穏な空気と不確実性の高まりとともに始まったと述べました。

張教授は、冷戦による分裂と対立が長引く事例として、北朝鮮と韓国を隔てる朝鮮戦争(1950-53)の停戦線「38度線」の存在を挙げ、東アジアにおける冷戦は決して終わっていないと述べました。

しかしながら張教授は、冷戦下の米中関係に起きた出来事が、将来に向けた手がかりになると考えています。米国は1979年に国交を正常化して中国を認めたように、現在の中国の台頭に適応する必要があり、中国を平等に受け入れる準備をすべきであると主張しました。そして、このアプローチが両国の相互理解を促すであろうと述べました。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのピーター・トルボウィッツ教授は、KOFスイス経済研究所が算出したグローバル化の指標を示し、1990年代まで西側諸国の有権者は自国の政府に比べ、グローバル化に対してポジティブな姿勢であったことを指摘しました。それ以降、西側諸国の政府はグローバル化のプロセスを支援するようになったものの、逆に有権者は次第に関心を失っていったと述べました。

この議論に、プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授も加わりました。アイケンベリー教授は、英国と米国がこれまで国際自由主義の秩序の主要な担い手であったと指摘し、両国が過去2世紀にわたって、アジア・欧州のパートナーらとともに、市場の開放、多国間ルール、地域を超えた制度、普遍的な原則に基づいたグローバルシステムの構築に貢献したと述べました。

英国の「ブレグジット」をめぐる国民投票とトランプ米国大統領の誕生は、米英が国際自由主義の秩序の主要な担い手であった時代の終わりを象徴づけた
Credit: Ink Drop/Shutterstock.com

しかし、英国で行われたいわゆる「ブレグジット」をめぐる国民投票では、国民は欧州連合を離脱することを選択し、また米国のトランプ大統領の当選は、これら一連の努力を止めてしまったと述べました。

大国間競争がもたらす課題は膨大であるものの、この日のセッションに参加した専門家らは、今後新しい、おそらく非欧米的な視点を取り入れた自由な国際秩序が生まれる可能性を示唆しました。佐橋准教授はイベント最終日のサマリーセッションの中で、それを実現するには、政府だけでなく市民も議論に巻き込むことが不可欠であるとの考えを示しました。

「したがって、私たちに課せられた真の課題は、(中略)グローバル化のメリットと、我々がどのような国際社会を自由主義に基づいて構築したいのかという点について、人々を納得させられるかだと思います」と佐橋准教授は結びました。

この記事はUTokyo FOCUSに掲載された東京フォーラム2019についての英文記事の翻訳です。セッションの一部は東京フォーラムウェブサイトにて視聴いただけます。

 

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