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不平等の複雑な問題 東京フォーラム2019パラレルセッション「地球時代の不平等」レポート

掲載日:2020年6月2日

このシリーズでは、地球と人類社会が直面する課題について議論し意見交換するためにスタートした国際会議「Tokyo Forum(東京フォーラム)」について取り上げます。東京フォーラムは東京大学と韓国の学術振興財団Chey Institute for Advanced Studies (CIAS) が共催し、 毎年開催されます。2019年12月6日から8日、本郷キャンパスで開催された会議には、政治、経済、文化、環境などの分野のリーダー120人以上が世界中から集まり、「Shaping the Future(未来を形作る)」というテーマで議論に参加しました。

不平等には、ジェンダーや障害を含むさまざまな種類の社会的不平等がある  Image: Shutterstock  

近年、不平等が重要なトピックとなっています。不平等は複雑なテーマであり、多くの困難かつ挑戦的な課題を伴います。不平等という概念そのものの定義付け、様々な形の不平等の実態を把握するためのデータ分析、拡大する不平等と現代社会への影響に対して何ができるかを明確にすることなどについて活発に議論がなされました。

不平等について議論する際、所得格差の拡大の程度に関心が集まります。しかし、2019年12月7日に「東京フォーラム 2019」において開かれた「地球時代の不平等」と題したパラレルセッションでは、働き方、ジェンダーや障がいといった観点から社会的不平等の実態が明らかになりました。

最初のプレゼンテーションは、一橋大学の神林龍教授による、日本の労働市場の構造的変化と、それが日本社会の不平等に及ぼした影響についてです。

一般的に、日本に特徴的な終身雇用制度は縮小傾向にあると思われていますが、神林教授は、様々な実証データを基に必ずしもそうとは一概に言えないことを指摘しました。「日本的雇用システムはなくなったわけではない」と述べ、いわゆる「標準的な」労働者の割合のみならず、彼らの有利な立場は、過去30年にわたって大きく変化していないことを示しました。

神林教授によると、日本の労働市場に起きた大きな変化は、非正規労働者数の増加と自営業の減少だといいます。地方のコミュニティにおいて、自営業は政治的安定を維持し、社会福祉政策を策定する上で重要な役割を果たしてきましたが、この変化によって地方コミュニティに大きな影響が生じている、と指摘しました。

神林教授は、また、「自営業者数の減少から、私たちの社会で今何が起きているかを垣間見ることができる」とも述べました。

米国・シカゴ大学の山口一男教授は、実証データを用いた経験的アプローチを用いて、日本と韓国におけるジェンダーの格差について論じました。山口教授は、日本と韓国における男女間の賃金格差は、OECD加盟国の中でも最も高い水準にあると指摘しました。

日本人女性は「極めて不利」な状態にある

山口教授は、「専門職に就いている日本人女性は、たとえ高度な資格を有していたとしても、それに見合った賃金が支払われていないのが現状だ」と述べました。そして、「日本の女性は極めて不利な立場に置かれています」と指摘し、高賃金の役職における女性の少なさを明らかにし、韓国の女性についても同様の状況にあることを指摘しました。

一例として、日本における大学教員に占める女性の割合は、OECD加盟国の中で最も低いことが示されました。

大学教員のうち女性が占める比率は、OECDの中で日本が最も低い。データ出典:OECD


山口教授は、日本の女性は二重の意味で不利であると述べました。すなわち、男女間の賃金格差が比較的小さい医師や大学教員、あるいは管理職や経営者といった高賃金の業種・職種において、女性の割合が極めて低い。一方、教育やヘルスケア、あるいは事務職といった男女間の賃金格差が大きい業種・職種において、女性が占める割合は極めて高いのです。

また、山口教授は、日韓両国において男女間の賃金格差が続く理由の1つとして、雇用機会の不平等の存在を挙げました。「韓国と日本はいずれも、長時間労働が可能かどうかという基準で従業員を区別します」と述べ、韓国の状況はさらに深刻であることを指摘しました。「韓国と日本においては、既婚女性がフルタイムの仕事を継続することは困難です」

さらに、山口教授は興味深いパラドックスを提示しました。教育機会の男女平等は、男女間の職務の差を拡大させるというのです。これは、男女間の賃金格差の大きい専門職における女性の割合がさらに上昇するためです。

山口教授は、日本で賃金面の男女平等を達成する上での大きな障壁は、同一労働同一賃金や報酬における平等の欠如というよりも、管理職や経営者あるいは社会的地位の高い専門職への機会の不平等であると述べました。

何ができるのか

山口教授は参加者らに、では何ができるのか、と質問を投げかけました。

そこで山口教授は、雇用主は、労働者に対する認識における偏見を無くすべきだと述べ、高い社会経済的地位を伴う役職への機会の不平等に深刻な問題があると、説明しました。

さらに、ある調査結果を基に、長時間労働を強いるより生産性の高さに重きをおくことがいかに必要であるかを述べ、そのために経営者が雇用者に何を期待するかについての認識を変えなくてはならないと、指摘しました。

東京大学の松井彰彦教授は、障がいを抱えた人々がいかに不平等に扱われているかについて、経済学的な観点から論じました。松井教授は、障がい者を一塊のグループとして分類するのではなく、彼らを個人として扱うことが重要であると述べました。そして、人々の障がいに伴う格差を無くしていくには、市場だけに問題解決を委ねることはできず、何らかの規制が必要である、とも述べました。

午後に行われた冒頭の2セッションでは、韓国における不平等に焦点が当てられました。 韓国・ソウル国立大学のイ・ジェヨル教授は、東アジアの先進国は共通に不平等に関する多くの課題に直面していると述べました。

イ教授は、経済の発展とは、単に国内総生産によって評価した経済成長だけを意味するものではないと指摘しました。すなわち、生活の質が重視され、あらゆる人々が平等に機会にアクセスできるような「良い社会」を構築することもまた経済発展の一部であると述べました。

韓国・浦項工業大学(POSTECH)のソン・ホグン教授は、韓国では労働者寄りのムン・ジェイン大統領の政権下で、社会福祉関連の支出が増大していることに言及しました。しかしながら、最低賃金の上昇と労働時間の見直しにより、結果として多くの中小企業の倒産を招いたと指摘しました。

ソン教授は、政府が社会政策の適用を急ぎすぎたことに問題があったと考察しました。その主な要因として、韓国大統領には憲法で規定された5年間の任期内でアジェンダを実現するというプレッシャーがかかっていたことがその理由だとしました。

スウェーデン・ウプサラ大学のヨアキム・パルム教授は、「平等のための戦略としての社会投資」と題した講演で、不平等の問題を解消するためのいくつかの方法を提案しました。

パルム教授は、2013年に出版されたフランスの経済学者トマ・ピケティの著書「21世紀の資本」でも指摘されたように、高齢化社会においては格差が拡大しており、また資本への投資は労働への投資に比べて大きなリターンをもたらす傾向があると述べました。

東京フォーラム2019のパラレルセッション「地球時代の不平等」で、社会保障などの伝統的な再分配政策の限界について論じる専門家たち

幅広い懸念

「これこそが不平等を生み出します」と、パルム教授は述べました。「この傾向には様々なことが懸念されます」

パルム教授は、不平等の文脈に気候変動の問題を重ねました。「不平等の大きい国ほど、気候変動に立ち向かうための具体的な基準を設定することが困難になります」と述べ、さらに気候変動に対する取り組みは、挑戦であり機会でもあると付け加えました。

パルム教授は、社会保障などの伝統的な再分配政策は不平等を是正するには不十分であると評し、「私たちはロビン・フッドのさらに向こう側に行かなければなりません」と述べました。「不平等について真剣に考えるならば、福祉国家の先にあるものを見据え、人的資本への投資を考慮する必要があります」

分配前の段階の不平等を是正するために、まず人的資本の平等な分配が不可欠であるとパルム教授は続けました。そのためには、「男が一家の稼ぎ手を担う」モデルを根本から再考することが求められる、とします。

「もし家庭や社会における男女の役割を変えたいのならば、男性の働き方と子育てのあり方を変えなければなりません。これは家族関係の終わりを意味するものではありません。関係性を変えるということです」

オーガナイザーを務めた白波瀬佐和子東京大学教授
 

しかしながら、パルム教授は不平等をただちに解消しうるような方策はないと指摘し、「こうした社会政策を実装するには数十年かかります」と述べました。

講演後の質疑やセッションの総括では、いくつかの興味深い問題が提起されました。ある参加者からは、どうすれば社会的な不平等の評価指標を標準化できるかについて質問がありました。

イ教授は、客観的な数値と主観的な認識との間には隔たりがあるため、多くのレベルのデータを収集する必要があると回答しました。しかし、そうしたデータは異なる国の間でのアクセスが難しい場合もあると補足しました。

別の参加者は、ほとんどの政府は裕福な人々によって運営されており、こうした社会システムが続けば格差は拡大し、社会の破綻をもたらすと主張しました。

パルム教授によれば、現在懸念されている危険とは、不平等などの問題に対して安易で手軽な解決策を掲げるポピュリストたちによって、社会システムが支配されつつあることであるといいます。

また、松井教授は国家間の不平等に関する歴史的な傾向に言及しました。不平等とは個々の国家が直面する問題であるだけでなく、世界的な問題でもあると述べ、それを解決しない限りは不平等の問題は解決できないと指摘しました。

ディスカッションのオーガナイザーを務めた東京大学の白波瀬佐和子教授は、インクルージョン(包括)こそが持続可能でより平等な社会の実現のための鍵であると述べ、現実に立ち向かい、より良い未来を築くために協力することが今後の課題であると結びました。

この記事はUTokyo FOCUSに掲載された東京フォーラム2019についての英文記事の翻訳です。セッションの一部は東京フォーラムウェブサイトにて視聴いただけます。

 

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