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地球環境危機を救う猶予は10年 12月3、4日 東京フォーラム2020オンラインで専門家が警鐘、「社会経済構造の変革」訴える

掲載日:2020年12月22日

2020年12月3、4日に開催された東京フォーラム2020オンラインの「ハイレベル特別対話セッション」では、東京のバーチャル・スタジオにいる石井菜穂子東京大学理事(右端)と、世界各地の専門家をオンラインでつないで議論が行われた。パネル内は、ヨハン・ロックストロムポツダム気候影響研究所所長(右上)、ベラ・ソンウェ国連アフリカ経済委員会局長(右下)、クリスティアナ・フィゲレス前国連気候変動枠組条約事務局長(左下)、ポール・ポールマンユニリーバ前CEO(左上)。ドミニク・ウォーレイ世界経済フォーラム取締役員(左端)がモデレーターを務めた

レジリエンス(変化に適応する力)を持ち、安定的な地球システムの下、人類は過去約1.2万年間に文明を発展させ、今日の経済発展を謳歌してきました。しかし、現在の生活様式や経済活動を継続すれば、今世紀後半まで人類の繁栄を維持することはできない、と専門家や科学者は厳粛に警告を発しています。不可逆的な環境の壊滅を回避するために私たちに残された猶予は、実際には10年しかないと言うのです。

この危機感を共有したのが、クリスティアナ・フィゲレス前国連気候変動枠組条約事務局長(Global Optimism共同創立者)です。「我々が(地球の)未来に影響力を行使できるのは、あと10年しかないということをはっきり申し上げたい。恐ろしいことに、2030年以降、我々はプロセスへの影響力を失い、その後は何をやっても大して意味はない。(地球環境)は完全に制御不能に陥り、どんな手段を使っても無駄ということになります」と警鐘を鳴らしました。

この率直な危機感が表明されたのは、日本、韓国、アフリカ、欧州、米国など世界各国の著名な研究者、経営者、政策立案者、環境問題専門家らをオンラインでつないで、12月3、4日の2日間開催された「東京フォーラム2020オンライン」の初日です。東京フォーラムは、東京大学と韓国の学術振興財団Chey Institute for Advanced Studiesの共催で、「Shaping the Future (未来を形作る)」を包括テーマに2019年から始まりました。

五神真東京大学総長

人類は、歴史上の運命の分かれ道に立っているのです。20世紀中盤からの人間活動が、地球に巨大な負荷をかけ、そのシステムのレジリエンスと安定性に深刻な負の影響を与えています。現在頻発する極端な気象や、新型コロナウイルス感染症などの人獣共通感染症などが示すように、「人類が現在の繁栄を未来永劫に維持することはできなくなる、地球システムの転換点は間近にある」と専門家は伝えています。

この切迫感を受けて、今年の東京フォーラムは「Global Commons Stewardship in the Anthropocene (人新世における人類共有の地球環境、グローバル・コモンズの管理責任)」をテーマに開催されました。今回のテーマは、「人類の生活は、レジリエンスを持ち、安定的な地球システムによって支えられていること」「我々の発展の礎になっているのが気候、森林、大地、水、海洋などのグローバル・コモンズだということ」への理解を深めること、そして我々が今何をすべきかを議論するために掲げられました。20世紀中盤からの経済社会のあり方が、地球システムの許容範囲の極限まで負荷をかけています。気候変動と生物多様性の喪失は、経済システムと地球システムの衝突によって引き起こされた現象です。地質学者が唱えるように、人類は約1.2万年間の完新世と呼ばれる地質時代を終え、「人新世(Anthropocene)」に突入したのです。

 

会議の冒頭、五神真総長は、「人類は、地球システムの機能を変化させた最初の生物種です。人類が今後とも持続的に繁栄するためには、その基盤である安定的でレジリエントな地球システム――すなわちグローバル・コモンズ――を守る必要があり、そのためには現在の経済モデルの構造全体を変革しなくてはなりません」と、危機への認識を表明しました。

世界は、この環境危機に対して、手をこまねいているわけではありません。国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)や、地球温暖化対策のために合意されたパリ協定、企業が長期的な成長を可能にするために用いる企業評価項目ESG (Environmental, Social, Governance: 環境、社会、ガバナンス)などが、世界的な取り組みの例です。しかし、国家や企業の短期的な利益が優先される傾向にあり、解決への道のりは険しいものになっています。

コロンビア大学のジェフリー・サックス教授は、基調講演で世界的な取り組みの課題について述べています。「一国主義ではなく、人類は団結しなければなりません。これはグローバル・コモンズにおける挑戦です。統治と社会の調和が必要ですし、知識や科学に基づいて行動しなければなりません」

解決への道に向け、課題を特定する

東京大学理事で、2020年8月に設立された「グローバル・コモンズ・センター(CGC)」初代ダイレクターに就任した石井菜穂子教授は、今回の会議でコンテンツ・プロデューサーを務めました。石井教授によると、会議の目的は、未曾有の危機に取り組むには、対応のスケールとスピードが必要だと認識すること、グローバル・コモンズを保護する「経路」を実現するために「欠落しているピース」を特定することです。会議では、シナリオ・モデリングや、新たに作成された「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ指標」など、欠けているピースを埋めるためのツールが紹介され、社会経済構造の変革に向けた様々なステークホルダーの連携を構築する機会となりました。

これらの経路を特定し、実際に行動に移すことは困難を伴いますが、参加した多くの専門家は、特に金融やビジネスの分野で希望を持てる状況にあると述べました。

チェ・テウォン韓国SKグループ会長

Chey Instituteを設立したSKグループを率いるチェ・テウォン会長は、「環境に優しい商慣行、社会価値の創造、信頼を勝ち得るガバナンスは、(ビジネスの)生き残りにとって重要です。事実、今日の投資基準は企業行動に変化を強いています。企業のESG実績がビジネスの長期的な成功に最大の影響を与えることも、今日のステークホルダーや投資家は十分理解しています」と、開会挨拶で語りました。

フィゲレス前事務局長は、投資会社の多くは、石炭関連への投資を停止し、石油ガス関連の投資に慎重になっていると述べ、持続可能な発展に寄与する可能性がある、金融セクターでの肯定的な兆しについて触れました。「現在、中国の中央銀行をはじめ、世界18か国の中央銀行が自国経済に対する気候変動ストレステストを実施しています。人類が直面する危機に対して、金融セクターが理解を示し始めたのです」

地球システムへの負荷を減らすことはビジネスチャンスにもなると強調したのは、国際商業会議所名誉会長を務めるポール・ポールマン元ユニリーバCEOです。「今、持続可能な開発目標が必要としているのはビジネスです。(SDGsの)17の目標と169のターゲットを分析しましたが、その85パーセントにはビジネスの関与が必要ということが判明しました。また、ビジネスにとってもSDGsは必要なものだと考えています」

政治が主導的役割を

しかし、個々の企業に出来ることには限界があり、産業界全体による企業行動改革、グローバル・コモンズ保護に向けた各国政府による適切な枠組み策定など、本腰を入れた対応が必要だと、ポールマン名誉会長は指摘します。

石井菜穂子東京大学理事、グローバル・コモンズ・センター ダイレクター

フォーラム参加者は、菅義偉首相やムン・ジェイン韓国大統領などが2020年に表明したカーボン・ニュートラル(二酸化炭素の排出量と吸収量がプラスマイナスゼロの状態)達成への国際的な流れを歓迎しました。日本、韓国は2050年までに達成すると宣言したのに対して、最大排出国である中国は2060年までに達成するとしています。また、ジョー・バイデン米次期大統領も、ドナルド・トランプ大統領の政策を転換し、2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロにする気候変動計画を発表しています。

しかし、石井教授は、手放しで楽観はできないと言います。「今世紀半ばまでにカーボン・ニュートラルを達成すると公約した国の排出する温室効果ガスが、全体の70パーセント弱を占めているのは素晴らしいことです。問題は、どのような手段で(カーボン・ニュートラルを)達成できるかを我々は本当に理解しているか、ということです。明日から、消費者、投資家または経営者として、どのように行動を変化させるか。これは、(炭素削減)公約を達成して真の経路を前進させるために欠落している、重要なピースの一つです」

グローバル・コモンズの管理という大きなビジョンの実現のため、欠落しているピースを補って、その実現を軌道に載せるために設立されたのがCGCです。今世紀半ばまでに地球上のすべてのステークホルダーがグローバル・コモンズの管理責任を負う、統合的な枠組みを作ることがCGCの目的です。この枠組みには、気候や生物多様性など、「地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)」内で持続的成長を達成するためのシナリオ経路策定も含みます。また、政策立案者や経営者をそれぞれの管理責任上の目標に導く指標を作成すること、彼らがとるべき政策についての議論を慫慂することもCGCの目的です。データの果たす役割にも注視しないといけません。指標で導かれる経路を進み、社会経済を変革することで、人類は未来の世代も発展・繁栄を継続できる、と石井教授は語りました。

12月4日の会議では、グローバル・コモンズ・スチュワードシップ指標(GCSi)のプロトタイプ版レポートが、お披露目されました。同レポートは、CGCがシステミック社、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)、ポツダム気候変動研究所、世界資源研究所と協働で進めているグローバル・コモンズ・スチュワードシップ・プロジェクトの一環として作成されました。GCSiは、各国のグローバル・コモンズ管理責任における貢献度を定量的に評価するもので、参加者からは、政策立案を正しい方向に導く効果的なツールになり得る指標として、歓迎されました。

不可欠な地域、世界連携

最近の地域的な自由貿易協定として代表的なものが、2020年11月に合意された東アジア地域包括的経済連携(RCEP: Regional Comprehensive Economic Partnership)です。世界のGDPの3分の1を占める、日本や中国などアジア・太平洋地域15か国が署名しました。サックス教授は、「世界人口の4分の1を占め、高度な技術が発達した15カ国のパートナーシップは、グローバル・コモンズの管理責任を負うツールを持つという意味で、重要だ」と説きました。

「地域間の連携も肝要」と発言したのは、ベラ・ソンウェ国連アフリカ経済委員会局長です。例えば、アフリカが同地域の二酸化炭素の排出権の未使用部分をアジアに売却すれば、両地域は排出量の実質ゼロを達成できるほか、アフリカで雇用が創出され、経済成長を促したり、森林破壊を食い止めたりすることも可能です。また、低品質な調理用ガスを使用することで引き起こされ、現在アフリカで問題になっている健康被害を解消することもできると言います。

「協力して、(持続可能な開発目標達成のための)ブレンドファイナンスを用いて、アフリカのエネルギー(インフラ)や道路(建設)のための新規投資ができないでしょうか。我々はアジアが得意とする高速鉄道を必要としていますし、まさにウィンウィンの提案です。アジアから投資を受け、雇用を創出し、同時に両地域で排出の実質ゼロを達成。また、日本などの国では借り入れ費用が低いので、債務の持続可能性も管理できます」

東京フォーラム2020オンラインには、世界各国から著名な研究者、経営者、政策立案者、環境問題専門家が約30人集まった

2021年は、国連海洋会議(リスボン)、国連生物多様性サミット(中国・昆明)、国連食糧システムサミット(ニューヨーク)、第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26、英国・グラスゴー)などの国際会議が開催され、グローバル・コモンズの課題に対して世界的な取り組みを行う上で、重要な年です。これらの会議で、世界的な主導で打開策を講じることへの期待感を、参加者は表明しています。というのも、パリ協定が、平均気温の上昇を産業革命以前比で摂氏1.5度以内に抑える努力目標を掲げているのにもかかわらず、すでに平均気温は1.2度も上昇しているからです。

また、パネルディスカッションでは、「自然と人間活動の衝突」の結果、動物からヒトに感染した新型コロナウイルス感染症についても議論されました。同感染症は現在の社会経済の弱点や脆さを露呈させることになった一方、持続可能な社会経済システム確立に向けて経路を軌道修正するチャンスにもなっています。

食料システムが地球システムを脅している問題についても活発な議論が交わされました。「我々の食料システムはすでに環境や経済、土地、水に大きな負荷をかけています。我々に必要なのは、大規模な変革です」と訴えたのは、ファン・シェンゲン前国際食糧政策研究所(I F P R I)所長です。「何か対策を取らない限り、転換点を超えて後戻りできなくなります。(様々なレベルで)協働は不可欠です」

また、アグネス・カリバタ国連食料システムサミット2021事務総長特使は、多くの人の関与が望ましいとして、会議の視聴者にアイディアを共有するよう促しました。

デジタル技術で広範にわたり相互接続する、グローバル・サイバー・コモンズの議論では、最新の技術がいかにグローバル・コモンズ保護において革新的な役割を果たしているかが紹介されました。反面、この分野では課題が多いのも確かです。例えば、データの透明性やデータへの普遍的なアクセス・利用などの確保に加え、最新技術はエネルギーを大量に消費するため、環境にも大きな負荷がかかることも懸念材料だといいます。

レジリエンスがあり、繁栄をもたらす経済。また、その経済システムが人類と自然の両方を支えることができること。これを実現させるには、人間活動を変化させることと、グローバル・コモンズを保護することの重要性を理解することが重要だ、と参加者は結論づけ、東京フォーラムは2日間の議論を終えました。

東大とChey Instituteは少なくとも10年間、東京フォーラムを開催し、世界が複雑な課題に直面する中、世界や人類の行方に影響を与える提案をしていく予定です。

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