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海洋マイクロプラスチック問題に取り組む -楽観的姿勢とコラボレーションの力-

掲載日:2024年9月2日

2023年に2年任期のユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)の議長に選出され、2024年4月より「国連海洋科学の10年」(The UN Ocean Decade)のための東京大学総長特使も務める大気海洋研究所(AORI)の道田豊特任教授に、その取り組みと海洋マイクロプラスチックの新しい方向性について聞きました。

道田豊特任教授©️東京大学
道田豊特任教授 ©️東京大学

広大な海から極小のマイクロプラスチックへ

―― 先生が海洋研究に取り組むようになったきっかけは何だったのでしょうか?

私は広島市で生まれました。海岸線はとても美しく、子供ながらに波を見ることを楽しんでいました。大学では気象学を学びながら、海洋学の短期コースを受講しました。そこで海洋循環の研究がとても楽しいことに気づき、修士課程に進学し海洋物理学を専攻しました。のちに海上保安庁に入庁して16年間、大学で学んだ海流の知識を捜索救助活動などに役立てました。その後、2000年に東京大学海洋研究所、現在の大気海洋研究所(AORI)に加わりました。

私はこれまで、季節的な海洋変動のモニタリングから津波の早期警報システムの開発まで、多様なプロジェクトに携わってきました。時が経つにつれて、海の、特に沿岸域におけるプラスチックの世界的な動きに興味を持つようになりました。そして2015年に行われた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の後、この問題は国際的な優先課題の一つになりました。

現在、私は日本財団と東京大学の共同研究プロジェクトであるFSI海洋プラスチックゴミ対策のための研究プロジェクトを率いています。当初は自身がこの役目にふさわしいプラスチックの専門家であるとは思えず、いったんお断りしました。しかし、現東京大学理事・副学長の津田敦特任教授(当時、大気海洋研究所所長)に励まされたのです。津田所長は、プラスチック問題の分野横断的な性質と、学術界と政府機関の両業界で働いた珍しい経歴を持つ私だからこそ発揮できる強みについて強調しました。2つの業界を渡り歩いた私の経験があれば、研究者と政策決定者双方の視点を理解でき、海洋マイクロプラスチックという共通の課題の解決に向けて、私は両者のスキルを融合させて取り組むこととしました。

―― 海洋ゴミプロジェクトはどのように進んでいるのでしょうか?

水中のマイクロプラスチックの画像
水中のマイクロプラスチック
©️ BlackBoxGuild/ Envato Elements

多くの重要な結果を得ています!プロジェクトは2019年に始まり、3つのステージに分かれています。最初の2つが自然科学で、3つ目は政策立案や人々の行動といった社会科学に関わるものです。マイクロプラスチックは5 mm以下のプラスチックと定義されていますが、私たちのプロジェクトでは1 mm以下のマイクロプラスチックに着目しています。なぜなら、このサイズのプラスチックの動態に関してはまだわかっていないことがたくさんあるからです。私たちの主な使命は、この問題に関して学際的で科学的な根拠のあるリスク評価をすることにあります。現在はプロジェクトの第2期に入っていて、2025年に完了する予定です。

私たちの研究の具体例を挙げてみましょう。海の表層で観測されるマイクロプラスチックの密度が想定されているよりもはるかに低いのはなぜか、という疑問があります。私たちは、何らかの自然のプロセスがマイクロプラスチックを海底に沈めているのではないかと考えました。プロジェクトの中心的研究者の一人である大気海洋研究所の小川浩史教授は、植物プランクトン(水中に浮遊する微小な単細胞藻類)とのつながりを調査し、植物プランクトンが粘着性のある液体のようなものを生成し、それがマイクロプラスチックの粒子を捉えて下層に輸送する役割を担っていることを発見しました。これは今まで知られていなかったことであり、このような粒子を取り込む海洋生物に対して、この現象がどのような効果を持っているのかという新たな疑問が浮かびました。

別の研究では、約2万点の海水サンプルを使用しました。この海水の「ライブラリ」は、もともと国立研究開発法人水産研究・教育機構によってプランクトン調査のために取得され、70年にわたって保管されていました。驚いたことに、これらは研究試料として使用された後も廃棄されておらず、とても貴重なコレクションです。このサンプルが研究を主導した東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋一生教授にもたらしたものは、海洋プラスチック汚染がこの70年でどのように変化したのか物理的で事実上目に見える形の歴史的な記録でした。高橋教授は、現在この重要な成果を共有するための論文を準備しており、私たちはその成果が1年以内に出版されることを期待しています。

マイクロプラスチックに関する新たな懸念の広がり

メダカの仔魚の消化管から見つかった、緑色蛍光でマーキングしたマイクロプラスチックの画像
メダカの仔魚の消化管から見つかった、緑色蛍光でマーキングしたマイクロプラスチックの画像
©︎ Pratiwi, H.M., Takagi, T., Rusni, S. et al. Euryhaline fish larvae ingest more microplastic particles in seawater than in freshwater. Sci Rep 13, 3560 (2023) https://doi.org/10.1038/s41598-023-30339-y別ウィンドウで開く (CC BY 4.0)別ウィンドウで開く

―― 研究者たちが次に注目するのは何でしょうか?

私たちは、マイクロプラスチックが環境だけでなく、人々の健康にどのようなリスクをもたらすのかを解明したいと思っています。もしマイクロプラスチックが人々にとって危険なものであれば、より厳格な対抗策や解決策を講じる必要があります。私たちにはいくつかのアイデアがありますが、直接的な証拠はまだ十分ではありません。プラスチックという素材が地球の生態系にとってごく新しいものであることは、皆さんもイメージできると思います。マイクロプラスチック以外にも、火山灰や土壌など、他にも天然起源の小さな粒子はあります。そこで問題なのは、マイクロプラスチックが海洋生物や海洋環境にもたらす影響に天然起源の粒子と違いはあるのか、あるとすればそれはどういうものであるのか、ということです。

もしマイクロプラスチックが魚や他の海洋生物にとって有害であれば、私たちはこれらの生物を保護するため、これ以上この素材が海の環境に入っていくのを阻止する必要があります。2023年に、当時AORIの博士課程の学生であったHilda Mardiana Pratiwiが行った研究では、海水に棲むメダカの方が淡水に棲むメダカより多くのマイクロプラスチックを摂取していることがわかりました。魚が消費する水の量が違うと聞いて驚かれるかもしれませんが、海水魚は体内の塩分(浸透圧)バランスを維持するためにより多くの水を飲みます。淡水魚は浸透によっても水を吸収するのであまり水を飲みません。これは私たちを含めた魚を食べる生物やその先の食物連鎖に対しても波及効果をもたらします。

もしマイクロプラスチックが私たちの消化管を素早くかつ安全に通過するのであれば、それほど問題にはならないかもしれません。しかし、もし微粒子や化学物質が私たちの身体に吸収されるのなら、それらは蓄積して問題を引き起こすかもしれません。これに関する幾つかの証拠が既にあるということを知ってしまったことは、私には衝撃でした。しかし、私たちはこのような蓄積のリスクに対する適切な評価基準を持っていません。一人の人間の寿命の中では問題はないかもしれません。しかし、数十年のうちに自然の中のマイクロプラスチック密度は増加し、リスクは高まるかもしれません。研究グループが起こりうることのモデリングやリスク評価に取り組んでいる間に、私たちはできる範囲でプラスチック製品の利用を減らし始める必要があるでしょう。

補充用水筒の画像
補充用水筒
©︎naokawa/Envato Elements

―― プラスチックのない生活に戻れるでしょうか?

今や、プラスチックのない生活をイメージするのは難しいと思います。幾つかの状況下では、プラスチックは必需品になっています。例えば医療では患者の健康を支え、あるいは災害時などには安全な飲料水を届けます。別の事例では、現在プラスチックの他に利用可能な選択肢を持っていないものもあります。現時点では、ゴムタイヤには代替品が事実上ありません。タイヤはブレーキをかけるようにデザインされていますが、それは微細なゴムの粒子、すなわちマイクロプラスチックを生み出します。また、プラスチックはすでに環境のいたるところにあり、私たちがそれを全て回収するのは不可能でしょう。

この問題の解決策として生分解性プラスチックが提案されることがあります。ただ、生分解性プラスチックも、二酸化炭素と水に分解される過程でマイクロプラスチックやプラスチック由来の化学物質など中間生成物を発生させる可能性があります。また、バイオマスプラスチックは、CO2排出を抑えるには有効でも、分解に時間がかかるものもあります。いずれも対策として有望ですが、その効果とリスクも十分検討する必要があるでしょう。

例えば、使い捨ての代わりに補充できる水筒を使ったり、合成繊維の代わりに天然繊維の服を選んだり、といったように、普段使いの日用品をプラスチック以外の代替品で考えてみる価値があります。しかし、考えるべきことは、単により多くのプラスチックの代替品を生み出すことだけではなく、人々がプラスチックに関する現状を理解し、納得した上で選択できるよう助けることなのです。メディアは一般市民の考え方に影響を及ぼすことができます。オピニオンリーダーやセレブはとても影響力があり、注意喚起できるプラットフォームを持っています。私が伝えたい重要な点は、マイクロプラスチックが最終的に自然の中に辿り着くことがないよう、私たちはできる範囲でプラスチック利用を最小限に抑え、使用後は確実に回収し、正しく廃棄する必要があるということです。

マイクロプラスチックに大転換をもたらすための協働

「国連海洋科学の10年」の7つの社会的な目標を説明する画像
© ニコラ・バーグホール

―― 海洋マイクロプラスチック問題に取り組むため、IOCの議長としてどのような幅広い取り組みをなさっていますか?

IOCは2021年に始まった世界的な取り組みである「国連海洋科学の10年」の中心的な存在です。この取り組みは、海洋汚染、持続可能性、安全性を含めた7つの懸念事項を目標としています。もともとの計画では6つしかなかったのですが、プロジェクトが終了する2030年以後にも継続的な取り組みを促すため、計画づくりの最終段階で「夢のある魅力的な海」を追加しました。マイクロプラスチック汚染のような問題に対する取り組みに、どうすれば次世代の参画を得ることができるでしょうか?彼らと夢を共有することです。私たちは専門家だけではなく、政府やメディア、一般の人々にも参加いただきたいのです。そうした活動に幅広い人々の参画を得るためには、異なる背景を持つさまざまな人をつなぐ架け橋の役割を担うコミュニケーターを育成することも非常に重要だと思います。

「海洋科学の10年」のもう一つの重要な目的は、地元の人々や地域社会を巻き込むことです。マイクロプラスチックをはじめ他の海洋関係の問題に対する共創的な解決策に、地域社会の人たちと一緒に取り組むことは私たちにとって極めて重要です。私たちは、どうすれば関係を築き、責任をもって彼らの知識を活かすことができるのかを見出そうとしています。私は、漁業について長い歴史を持つ日本はこの課題に対して多大な貢献ができると信じています。ただ、日本社会では急速に高齢化が進み、長く続いてきた地方の漁村は衰退してきているため、私たちは急がなければならないのです。

海岸でプラスチックゴミを拾うイメージ図
海岸でプラスチックゴミを拾う
©︎ Oleksandrworldstudio/ Envato Elements

―― この地球規模の挑戦に関してどのような将来の展望をお持ちですか?

私は楽観的です。少なくとも多少は。社会は私たちが予想するよりもずっと速く変化することができるからです。例えば、公衆の面前における喫煙に対する考え方は、20年前と比べて今ではまったく違っています。

国連やIOCの枠組みの内外で、この問題に取り組んでいる国際的な団体や個人はたくさん存在します。私たちは学際的なアプローチに取り組んでおり、異なる分野の専門家が一緒になってたくさんの関連する問題に取り組んでいます。例えば、国連には海洋環境保護の科学的側面に関する専門家会合(GESAMP)と呼ばれる会議グループがあります。これはマイクロプラスチックだけでなく、マクロプラスチックや石油汚染、化学汚染、さらに科学政策・海洋政策の観点からも中核を担うグループです。10程度の国連機関が参加し、協働する専門家を派遣しています。

ここで特記すべき重要な点は、全ての人が何かをすることができて、またそれをする必要があるということだと思います。私はこの分野に40年以上にわたり携わってきましたが、今、次の世代が新しいアイデアをもたらそうとしていることは、素晴らしいことです!私は皆さんに、あなた自身がキーパーソンである、と申し上げたいです。誰かが100%プラスチックが必要ない術を見つけるかもしれません。それはもちろん立派なことですが、大半の人にとっては非常に難しいことでもあります。一方、もし1000人がそれぞれのプラスチック利用を1%でも10%でも減らせるよう挑んだなら、それは極めて大きな効果があります。私はいつも、人はできることをすればよいのだと勧めています。完璧である必要はないのです。一つでも二つでも可能な範囲のことをすること、それが世界を守ることにつながります。

道田豊

道田豊
大気海洋研究所特任教授、「国連海洋科学の10年」東大総長特使

  • ユネスコ政府間海洋学委員会現議長(2025年6月まで)
  • 2024年4月より「国連海洋科学の10年」東京大学総長特使
  • 大気海洋研究所(AORI)前教授、副所長
  • 2024年3月までAORI国際連携研究センター所長
  • 海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)受賞(2015)
  • IOC WESTPAC Outstanding Scientist Award受賞(2015)
  • 海上保安庁長官表彰(2016)
  • IODE Achievement Award受賞(2019)
  • Techno-Ocean Award受賞(2023)

取材日: 2024年2月3日
取材: ニコラ・バーグホール

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