FEATURES

English

印刷

ネコもアルツハイマー病にかかる!?ヒトの難病の鍵を握る動物たち | 広報誌「淡青」37号より

掲載日:2018年11月20日

ネコもアルツハイマー病にかかる!?

ヒトの難病の鍵を握る動物たち

記憶力や認識力が低下し、生活に支障をきたすアルツハイマー病。これまではヒトだけのものと思われてきましたが、実はネコ科の動物でも見られるものでした。この病の解明にとってネコたちが重要な存在であることを世界に示した獣医病理学者の研究を紹介します。

猫と獣医病理学

チェンバーズ ジェームズ
James Chambers
農学生命科学研究科
助教

最初の症例を報告した医師の名前に由来するアルツハイマー病は、世界で4600万人以上が苦しむ代表的な認知症です。最初の報告から110年以上がたちますが、まだ根本的な治療法は見つかっていません。ヒトに特有の疾患だと考えられ、同じ病変を再現する動物がこれまでは見当たらなかったことが、その一因に挙げられます。

しかし、2012年、東大の獣医病理学グループは、重要な事実を突き止めました。その主役は、名前の印象に反して栃木県出身のチェンバーズ先生。交通事故で犠牲となったツシマヤマネコたちを解剖する機会を得、脳を観察したところ、特徴的な病変があったのです。

「この病気は、歳をとるにつれて脳に蛋白質がたまり、記憶を司る海馬の神経細胞が死ぬことで発症します。βアミロイドという蛋白質は「老人斑」と呼ばれるしみ、リン酸化されたタウ蛋白質は「神経原線維変化」という現象に表れます。サルやイヌなど、ヒト以外の動物では、老人斑はあっても神経原線維変 化はないとされていましたが、高齢のツシマヤマネコでは、タウ蛋白質が蓄積した糸くず状の神経細胞、つまり神経原線維変化がありました。同時期に調べた動物園のチーターの例も鑑みて、この病ではネコ科動物が鍵だと考えました」。

ベンガルヤマネコの一種で、日本では長崎県の対馬にだけ分布している天然記念物・ツシマヤマネコ。生息地の道路整備が進んだことで、交通事故で死ぬ個体も少なくないそう。
(CC)A machun

ヒトのアルツハイマー病患者の脳に見られた神経原線維変化(左)と、老齢のツシマヤマネコの脳に見られた神経原線維変化(ともに黒色の部分)。大脳皮質のガリアス=ブラーク染色標本。

βアミロイドが蓄積して老人斑と神経原線維変化が生じ、神経細胞が死んで発症するという従来の仮説を覆し、両者が独立した現象であることを示した先生が、次に目を向けたのは、チーターやヤマネコより身近なイエネコ、つまりネコ。死んだ老齢ネコの脳を詳しく調べたところ、同様の結果が出ただけでなく、ネコの脳に蓄積するβアミロイドのアミノ酸配列が、他の動物と異なり、ヒトのものと近いこともわかりました。症状から認知症と判断するのは動物では難しいものの、アルツハイマー病の病理解明には、やはりネコの存在が重要でした。

「ヒトの病気でわからないことは、別の動物と比較することでわかってくる、と私は信じています。その病気にかからない動物や、別のパターンで病気になる動物との比較でわかることがあります。アルツハイマー病だけでなく、パーキンソン病、ALSといった他の神経変性疾患も、これまではヒトに特有だと思われてきましたが、他の動物にもあるとわかれば、ヒトの医療にもつながるはずです」。

幼少時からの動物好きが高じて獣医病理学者となった先生が最近少し憂えているのは、ネコブームの一方で、解剖をさせてくれる飼い主が減っていること。大切な家族の一員を丁重に見送りたいという気持ちは当然です。しかし、覚悟を持って病理を調べさせてくれる飼い主が増えれば、動物の医療に役立つのもまた確かです。

チェンバーズ家には、しばらくの間、「ウリボウ」と「タヌー」という2 匹のネコがいました。でも、今はタヌーだけ。愛と覚悟を胸に動物に接する若き獣医病理学者によれば、腎不全で今春夭逝した愛猫の脳に、タウ蛋白質は見つからなかったそうです。

My Cats
images

読書中のチェンバーズ先生とウリボウ(キジトラ)とタヌー。

関連リンク

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる