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コロナ禍と「鉄門」 東大の「医」に携わる専門家たちの試み|コロナ禍と東大。

掲載日:2020年10月1日

コロナ禍と東大。
活動制限下の取組みから見えてくる新時代の大学の姿とは?
2020年。新型コロナウイルス感染症の影響で、東京大学の活動は想定していたものから大きく様変わりしました。本特集では、このおよそ半年間に東京大学の現場で行われてきた取組みの数々を記録し、ウィズコロナ時代の大学の活動とは何かを考えるきっかけを提供します。

コロナ禍と「鉄門」

東大の「医」に携わる専門家たちの試み

新型コロナウイルス感染症の世界的流行で、私たちの生活は大きく変化しました。そんな中、感染症対策の最前線で奮闘してきたのが医療従事者や公衆衛生の専門家たちです。東大病院でのコロナ患者の受け入れ、保健所の支援、外出制限下のメンタルヘルス対策など、それぞれの持ち場で踏ん張ってきた東大関係者の取組みを紹介します。

外来テント写真
本郷の医学部附属病院南研究棟中庭(オルクドールテラス)に設営されたかかりつけ発熱外来のテント
ヒポクラテス写真
ヒポクラテスがその下で医学を教えたとされるスズカケノキの巨木がギリシアにあります。その種子から育った株を譲り受けた緒方富雄名誉教授は、若木を1975年に医学部に寄贈。いまもこの木は本郷・医学図書館前で茂っています。

医学部附属病院では、新型コロナウイルス感染症に迅速かつ適切に対応するため、2020年4月1日、新型コロナウイルス対策本部を正式に設置し、重症・重篤感染者の受け入れを行ってきました。受け入れに伴い、一般病棟の一部閉鎖やICU機能の縮小を行うなどして、医師や看護師、メディカルスタッフなどの人員を確保。また、かかりつけの患者を対象とした発熱外来を4月17日に開始し、発熱がある患者には屋外に設置したテントで医師による診察を行いました。

病院スタッフが感染した場合、院内感染につながり人員がさらに逼迫し、医療供給体制に大きな悪影響を与える可能性があります。医学部附属病院では、感染制御部を中心として院内感染対策の指導と教育を行い、現場で徹底した感染対策に務めるよう周知しました。多くの産科重症例を受け入れる同病院では、新型コロナウイルスに感染した妊婦の方でも分娩ができるように、感染対策を施しました。また、同病院で分娩予定の場合は妊娠後期に原則全例にPCR検査を実施してきました。

院内感染対策が必要なのは東大病院に限りません。COVID-19の世界的流行拡大が続く中、どの医療機関も、地域や種類に関わらず、医療物資の供給が十分でない中でも、感染リスクを最少化するためのノウハウを身に付け、特に最前線で働く看護師やその他のスタッフへの感染を防ぐ必要に迫られています。

学内の公衆衛生の専門家は、首都圏が急激な感染拡大の局面を迎えた4月中旬以降、保健所の依頼で都内の病院・診療所に赴き、感染予防策について具体的に指導してきました。

 

大学から公衆衛生の現場へ

病院写真
5月19日、杉並病院における院内感染防止の研修で、個人防護具の着脱法を指導する医学系研究科の冨尾淳講師(左)と足利大学の村上弘之准教授(中央)

5月19日には、社会医学専攻(公衆衛生学分野)の冨尾淳講師が杉並保健所の依頼を受け杉並病院を訪問。療養型病院であるこの施設では、コロナ患者は発生していませんでしたが、入院患者が全員高齢者であることから専門家の指導を求めていました。冨尾先生は足利大学の看護学の専門家とともに施設を視察し、万が一感染が発生した場合に患者やスタッフの安全な動線を確保するゾーニング(区域分け)について助言を行ったのち、職員向けに個人防護具の着脱講習を行いました。

病院職員20人ほどが集まった会議室で、テーブルにずらっと並べられたのは、ビニール製のガウン、手袋、ゴーグル、フェイスシールド、キャップ、N95マスク、タイベックとよばれるつなぎの白い防護服など。実は、これらの個人防護具のうち本当に必要なのは手袋、マスク、フェイスシールドと長袖のビニールガウンで、それらを正しく着脱することで感染はほぼ防止できる、と冨尾先生は話しました。

「恐怖から必要以上の対策をとろうとする医療機関もあるようですが、慣れない操作や手順が増えてかえって危険です。標準的なところをきちんと理解していただくことで、感染のリスクを低減し、スタッフの不安も軽減することができます」

この日の研修も含め、公共健康医学専攻・社会医学専攻の小林廉毅教授は3月下旬以降、学内で公衆衛生を専門とする研究者・大学院生に声をかけ、保健所への応援活動の調整をしてきました。保健所の様々なニーズをヒアリングし、学内メンバーのスキルや意向とマッチングさせるプロセスを経て、4月中旬から応援活動を開始。メンバー約20人は、江東区、杉並区、世田谷区の3保健所と東京都健康安全研究センターに非常勤職員として勤務し、医療機関での実地研修を行うほか、保健所で電話相談の対応や患者データの入力、感染者の発生した医療機関や介護施設での感染の広がりを調べる積極的疫学調査などの実務に従事しました。

看護師写真
個人防護具を装着する杉並病院の看護師さん

世田谷区では、5月末まで、公共健康医学専攻長の橋本英樹教授のコーディネーションのもと、14人の院生が世田谷保健所支援に参加し、電話応対、行政文書の作成、陽性患者の健康状態についてのフォローアップ調査や患者情報のデータベース入力などの業務を支援しました。院生は医師、看護師、保健師などの有資格者のみならず、広く公衆衛生学を学んだ院生が積極的に参加しました。世田谷保健所の虎谷彰子係長は、東大からの応援はちょうど保健所の業務が急増した時期に始まったと述べ、「一番大変な時に来てくれてとても感謝しています」と話しました。世田谷保健所への組織的な支援は終えましたが、その後も3人の院生が支援を継続しています。

橋本先生は、院生による保健所支援は、現場を「お手伝い」することを通じて、教室の授業では体験できない危機管理の現場の現状を知り、課題と対応策を考えてもらうことが目的だったと振り返ります。その成果を、学術研究機関による行政支援の事例研究として、支援に参加した院生たちが共同で執筆して論文にまとめ、公衆衛生学会の学会誌に投稿を準備しています。

 

パンデミック時の心のケア

いまここケア写真
「いまここケア」のトップ画面(https://imacococare.net)。7月14日には英語版もスタートしました

一方、感染終息が見通せない中、多くの人が先の見えない不安やストレスを抱えています。そのような状況を少しでも改善すべく、精神保健分野の研究者らは、外出自粛中の住民や在宅で働く人たちが今すぐ自宅で実行できるストレスマネジメント法を紹介するウェブサイト「いまここケア」をいち早く作成し、5月初めに一般公開しました。「マインドフルネス」「行動活性化」「身体運動」「睡眠」「ストレス対策情報のまとめ」の5パートに分けて、ストレスや抑うつ症状の改善を促す実践方法を、音声や映像ガイドも使ってサポートしています。

プロジェクトを統括する川上憲人教授は、東日本大震災の被災者の心のケアについての調査研究など、非常時のストレス対策に関わってきましたが、「新型コロナウイルスに関連するストレスは、感染が全国津々浦々に広がっていて、何が起こっているかが見えづらく、いつ終わるかもわからないという意味で非常に複雑です」と話します。それでも、労働者の自殺予防トレーニングなど、これまでに開発したオンラインプログラムを通じて蓄積したノウハウを活用し、最初の打ち合わせから約2週間で、サイト公開にこぎつけました。

マインドフルネス写真
身体の感覚に注意を向けて心の元気を保つ技法「マインドフルネス」を使った呼吸法の紹介画面

すっかりニューノーマル(新常態)の一部となった感のある在宅勤務ですが、孤立感を深める人も少なからずいると考えられます。川上先生は、管理職は職場にいるとき以上に一人一人の仕事の状況を把握し、目標を共有し、仕事の成果を聞く、といったきめ細やかなケアを行う必要があると考えています。さらに日本では、不況になると40代から50代の男性の自殺率が上がる傾向があるため、企業での対策を推進する、国全体で心の健康づくり対策を推進するなどの施策も必要だと指摘します。

医療と公衆衛生の専門家たちの取組みは、ウィズコロナ、そしてアフターコロナの時代においても、ますます重要になりそうです。

 

 

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