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千字で語るコロナ論|社会学・文化資源学 佐藤健二|コロナ禍と東大。

掲載日:2020年11月24日

分野の違う研究者十人による寄稿集
千字で語るコロナ論
東京大学が擁する全26部局から十人の研究者を選び、自身の専門分野の視点からコロナ禍について千字で執筆するよう依頼しました。それはコロナ禍を通して自身の研究を綴るという試みでもあるでしょう。2020年夏、東大研究者たちは何を思い、考えていたのか?
コロナ禍について語るときに研究者の語ることとは?
千×十の計一万字でお届けします。

社会不安とは異なるアマビエ・ブームの理由

「小野秀雄が最初に紹介 『神社姫』の変形複製」
佐藤健二教授写真
社会学・文化資源学 佐藤健二
人文社会系研究科 教授

25年ほど前、『流言蜚語』(有信堂高文社、1995)で、豊作や疫病を予言する「クダン」という怪物を分析した。その構成要素である「予言」と「書写」を論ずる一覧図に、「アマビエ」を入れた。今回のコロナ禍でブームになっていると聞き、見回してみたらいつのまにかアマビエが世に溢れている。張り子だるまに手ぬぐい、和菓子の練り切りから焼き菓子、団扇に風鈴に素麺、素焼きの土人形からTシャツ、さらに「家呑み用」と書いてある日本酒まである。ブロンズ像や石像・木像も現れた。なぜかリアルな商品の世界でも、SNSの情報空間でも大人気でもてはやされている。日本発の“A Mascot for the Pandemic”と世界でも話題になっている。

アマビエの最初の紹介は、本学の新聞研究所長だった小野秀雄『かわら版物語』(1960)である。京大所蔵の弘化3(1846)年4月を名のるかわら版を、先に触れたクダンの図版と並べ、珍談奇聞として論じた。詳細は省くが、私見によればこれは江戸時代の加藤曳尾庵の随筆『我衣』の文政2(1819)年4月の項に記録された「神社姫」の流行の、27年ほど後の変形・異伝。さらに14年を遡れば、文化2(1805)年5月の越中での人魚騒ぎの眼福と悪事災難除けに行き着く。

図像学的には、神社姫の剣で表現された三つ叉の尾がアマビエの三本足に受け継がれる。神蛇姫、神池姫、姫魚など、写本類ではさまざまな名の表記で現れる。「姫」に対する「彦」の尊称が、アマヒコ(海彦・天日子等)の異名を生み、アマビエの読み間違いにつながった。

訳知りの解説者は、未知の感染症への集合的不安と、なにか超越的な存在にすがる心情が本質だと論ずるが、分析としてはまったく感心しない。そんな不安ならどこにでも見つけられる。今回の流行のメカニズムは、もっと単純である。

まず、妖怪の掛け軸を専門に商う店が、ツィッター上で疫病退散のご利益を解説し、みんなでアマビエを描こうと呼びかけた。豪華客船の船内感染が話題にされていた2月の末である。それを受けて、SNS上で独自のハッシュタグを付けた、イラスト等の作品の投稿が競われ、話題が拡がっていく。3月6日に京大図書館の司書が、先のかわら版の画像を投稿したことも歴史的なリアルさを添加した。

無視できないのが、4月初旬の感染拡大防止「啓発アイコン」としての厚労省による起用である。前線の当該官庁が公式に取りあげ、拡散や自由な使用を呼びかけたことが利用に正統性を付与し、冒頭にふれた各地各業者の多様な商品開発を励起した。

流言・うわさの流布は、不安に導かれた非合理な信念や誤った情報にもとづく集合行動ではない。たとえば、面白さやひねりや新解釈を駆動力とする複合的なゲームである。だからこそ、冷静に分析する必要がある。

手ぬぐい、和菓子、酒……と続いたアマビエの商品開発

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