千字で語るコロナ論|政治学 宇野重規|コロナ禍と東大。
千字で語るコロナ論
東京大学が擁する全26部局から十人の研究者を選び、自身の専門分野の視点からコロナ禍について千字で執筆するよう依頼しました。それはコロナ禍を通して自身の研究を綴るという試みでもあるでしょう。2020年夏、東大研究者たちは何を思い、考えていたのか?
コロナ禍について語るときに研究者の語ることとは?
千×十の計一万字でお届けします。
コロナ危機における東京大学の三つの任務
コロナ危機において、東京大学がはたすべき任務が三つある。第一は学内に向けての任務である。コロナウイルスは等しく人を襲うように見えて、受けるダメージは人によって違う。年齢による違いも大きいが、社会経済的条件による違いも小さくない。テレワークに適応しやすい人もいればそうでない人もいる。通信環境はもちろん、育児や介護の状況も人それぞれだ。家庭への負担が大きくなっているが、東大のすべての構成員が等しく働き、学ぶ環境を十分にサポートすることが何より大切だ。とはいえ、多様な支援策が検討され、実施されつつあるものの、なかなか痒いところに手が届かない。本当に支援を求めている人に、必要な情報が届かないこともある。網の目からこぼれ落ちる人をいかに救えるかによって、制度の包摂力が問われる。東大の掲げる多様性とインクルーシブネスの理念にとって、今が踏ん張りどころだ。
第二は日本社会への任務である。今回のコロナ危機ほど、政治と科学の専門家の関係に焦点が集まることは珍しい。日々多様な専門家が、公的な会議や委員会はもちろん、メディアやSNSで発言し、影響力を持っている。そのような専門家はしばしば、狭い意味での専門を超え、政策や社会経済のあり方について問題提起するため、批判を浴びることもある。多様な専門家が互いに矛盾する見解を提示し、論争を呼ぶことも珍しくない。最終的にどの専門家の意見を採用するかは政治家の責任で判断すべきだが、様々な研究分野で日本をリードする東大としても、多様な議論を取りまとめ、有益な判断基準を提示すべきだ。どの情報を信じ、どう問題の状況を捉えるか。大きな見取り図を描くのが東大の役割だろう。
第三は人類社会への任務である。コロナ危機にいかに対応するかをめぐって、世界の国々は日々、アイディアを求められている。今後、危機が長期化することも予想されているが、短期的のみならず、中長期的に危機に対応するための新たな社会経済モデルの構想が必要だ。人々の安全に必要な物理的距離を維持しつつも、社会として情報を共有し、必要な対策をめぐって議論をしていくため、人と人の社会的距離を縮めていくべきだ。その意味で、危機の時代においてこそ民主主義は求められる。人々の安全と経済の回復、そして個人の自由や権利という、しばしば相互に矛盾する三つの課題の最適解を見つけていく議論において、東大は存在感を示したい。