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千字で語るコロナ論|哲学 國分功一郎|コロナ禍と東大。

掲載日:2020年11月24日

分野の違う研究者十人による寄稿集
千字で語るコロナ論
東京大学が擁する全26部局から十人の研究者を選び、自身の専門分野の視点からコロナ禍について千字で執筆するよう依頼しました。それはコロナ禍を通して自身の研究を綴るという試みでもあるでしょう。2020年夏、東大研究者たちは何を思い、考えていたのか?
コロナ禍について語るときに研究者の語ることとは?
千×十の計一万字でお届けします。

哲学者は社会にとってのアブ

「移動の自由は根源的な権利」
國分功一郎教授写真
哲学 國分功一郎
総合文化研究科 准教授

コロナ渦の当初、私のような哲学研究者には感染症について述べることなど何もないと思っていたからマスメディアに発言を求められても断っていたのだが、ある哲学者の発言に出会いその気持ちに変化が訪れた。その哲学者とはジョルジオ・アガンベンである。この78歳のイタリアの哲学者はコロナ渦について果敢に発言し、ネット用語で言う「炎上」に巻き込まれていた。その姿を見ていて私は彼の述べるところを日本にも伝えなければという気持ちに駆られた。

アガンベンは二つの懸念を表明していた。一つは、多くの人々が葬儀もなく埋葬されている現状についてである。もちろん遺体から新たな感染が生じる可能性は理解できる。だが、我々が死者への敬意を何のためらいもなく放棄しているとしたら、社会はどうなってしまうだろうか?生存以外のいかなる価値をも認めない社会とはいったい何なのか?

周知の通り、イタリアは今回の感染症で最も強い被害を受けた国の一つである。その中にあってアガンベンは、「死者の権利」が、「生存」の名の下に踏みにじられている現状に強く反発したのである。

もう一つは移動の自由の制限についてである。現在行われている「緊急事態」を理由とした移動の自由の制限は、戦時でも誰も思いつかなかったものだとアガンベンは言う。ここには、移動の自由が単に数ある自由のうちの一つではなく、近代が権利として確立してきた様々な自由──思想の自由等々──の根源にある自由だという考えがある。

この点でアガンベンの主張はドイツの首相アンゲラ・メルケルのスピーチと共鳴していた。東独出身の彼女はこの自由がどれほどの苦労のもとに勝ち取られた権利であるかをよく知っていた。だから、その制限は決して軽々しく決められてはならないと釘を刺すのを忘れなかった。

メルケルは政治家であるから、その上で移動の自由の制限を要請した。哲学者であるアガンベンは、人々が制限を易々と受け入れている現状に警鐘を鳴らすべく果敢に発言した。

私はアガンベンの姿を見てソクラテスの言葉を思い出した。ソクラテスは、哲学者とはアブのようなもので、時折チクリと刺して社会の目を覚まさせるのだと言った。チクリと刺すのだから、アブは嫌われるであろう。アガンベンはこのアブであろうとした。哲学を研究する一人として、「炎上」騒ぎをただ横目で眺めているわけにはいかなかった所以である。

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