サイエンスへの招待/カナヅチの人は上陸できない!? 西之島での火山観測 | 広報誌「淡青」41号より
カナヅチの人は上陸できない!? 西之島での火山観測
大湊隆雄/文 地震研究所教授 http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/KOHO/STAFF2/takao.html |
2013年以降、断続的な火山活動によって面積が拡大している西之島。東京都特別区に属するこの島は、成長する火山島としてはもちろん、人為的影響をあまり受けずに新しい陸地での生態系構築を観察できる貴重な場所としても知られています。 2016年と2019年の上陸調査に参加した大湊先生が、西之島の現状と火山観測の醍醐味を紹介します。
小笠原諸島の西之島は東京から1000km程南に位置する火山島です。2013年以降火山活動が断続的に続いており、度重なる溶岩流出によって島の面積が急速に拡大しています。2019年12月から再び火山活動が活発化し、大量の溶岩を流出しながら現在も成長を続けています。最近では1日当たりの溶岩流出量が東京ドーム数個分というとてつもない量に達することもあります。
海底火山噴火により火山島が新たに生まれ成長した例としては、アイスランドの南に出現したスルツェイ島が有名ですが、西之島でも1973~1974年に新島が誕生しています。このときは元々あった島のすぐそばで海底噴火が始まり、新たに生まれた部分が急速に成長し元の島と合体しました。元々あった島は旧島、成長した部分は西之島新島と呼ばれ、当時小学生だった私は新聞やテレビでその様子を知りとても興奮したことを覚えています。
2013~2015年の活動では旧島の大半が溶岩で覆われ、新しい陸地が生まれました。西之島は太平洋上の孤島であり最寄りの父島から130kmも離れています。そのため西之島は、新しい陸地において生態系が新たに構築される過程を人為的影響をほとんど受けずに観察できる世界的にも珍しい場所となりました。先に述べたスルツェイ島は人の住む陸地から20kmほどしか離れておらず西之島の孤立ぶりが際立ちます。人為的影響が及ぶことを極力避けるため、接近や上陸には厳しいルールが定められており、学術研究等の特別な目的が無い限り上陸は許可されません。
火山活動の合間を縫って2016年10月と2019年9月に上陸調査が行われ、私達は地震と空振を観測する観測装置を設置する機会を得ました。観測にあたっては、植物の種子や昆虫の卵などを外部から持ち込むことが無いよう、観測機材や工具類は事前に燻蒸し、身に着ける衣類や靴は新品を用意するなど厳しい条件が課されました。また、上陸の際は荷物および人間に付着した外来種の持ち込みを防ぐために荷物ごと全身を海に浸してから上陸する「ウェットランディング」が求められます。ボートで近くまで接近した後、最後は機材を持って泳がなければなりませんでした。研究者は必ずしも水泳が得意では無いので本郷第2食堂下のプールなどを利用し水泳訓練を行いました。
このような苦労を経て設置した観測装置ですが、今回の活動が始まった2019年12月から半年以上の間、貴重なデータを順調に送ってくれました。最近の活発な火山活動に伴う溶岩流に飲み込まれ2020年6月22日を最後に通信が途絶えてしまいましたが、噴火開始から最盛期まで半年以上に渡って観測できたことに非常に満足しています。
火山の観測では、バッテリーなどの重い機材を人力で運ぶ場合が多く毎回苦労するのですが、西之島の観測では泳いで上陸すること、島内での作業時間が短いこと、通信手段が衛星通信しかなく特別な装置やデータ処理の仕組みを事前に工夫しなければならないなど、普段以上に大変でした。火山観測は大変ですが、その分うまく行ったときの達成感は格別ですし、普通は行けない場所に行く機会にも恵まれます。若い人にはぜひお薦めしたい分野です。