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「男性の大学」からの脱却 |ダイバーシティと東大 01|林香里理事・副学長の巻

掲載日:2021年7月9日

このシリーズでは、東京大学のダイバーシティ(多様性)に関する課題や取り組みを、教員たちへのインタヴューを通して紹介していきます。 東京大学は多様な背景をもった人たちが、活き活きと活動できる場の実現を目指します。

誰もが自由に、伸び伸びと学び、研究できるキャンパスへ

本郷キャンパスの本部棟エントランスには、女子高校生に向けた8種類のメッセージポスターが展示されています。

1992年に、記者から心機一転、東京大学の社会学研究科に入学し、研究者の道を歩み始めた情報学環教授の林香里先生。幼い子どもを二人育てながらの研究生活は大変で、保育園の閉園時間ギリギリにお迎えのときは、電車の中で走りたくなることもしょっちゅうでした。院生室や研究室でオムツを替えることもありましたし、保育園が休みのときは子どもを上野動物園に連れていった帰りに大学に寄ったり、男性しかいない学食で子どもを抱っこしながらごはんを食べたり。研究者の圧倒的多数は男性で、学会では男性がトップを占め、女性は事務員さんと林先生だけというのが当たり前。思い出せばキリがない厳しい環境を振り返り、「ガラスの天井どころか、鉄板を背負いながらやってきました」と話します。

林教授写真
林香里理事・副学長  

それから約30年。2021年4月、東京大学では藤井輝夫総長の下、任命された理事の過半数が初めて女性になり、学外からも大きな反響を呼びました。そのうちの1人がダイバーシティ(多様性)と国際を担当する林先生です。ジャーナリズム論の専門家として、長年メディアにおけるジェンダー問題などに取り組んできた林先生は、「やっとここまで来たか、という感じ」と話します。最近では、男性教員から「ダイバーシティは大切」といった90年代には聞くことのなかった言葉も聞こえてくるようになり、周囲の意識の変化を感じると語ります。

とはいえ、東大全体を概観すると依然として圧倒的多数は男性で、ダイバーシティに関しての現状は「マイナスからの出発です」と指摘します。「私たちがどこに立っているかということをきちっと認識した上で、出発しなくてはいけない」

2020年度の「東京大学の概要」によると、准教授に占める女性の割合は約13.9%、教授になるとより少ない8.3%です。今年4月に学部入学した女性の割合は21%。大学院では昨年度は27%でした。現状について林先生は、「大学の競争力をつけるためには優秀な学生が必要です。多くの才能ある学生を教育し、世界レベルの研究者を育てるという(大学の)ミッションからすると、やはり女性学生が2割で男性が8割というのはあまりにもバランスが悪い」 と話します。

「ダイバーシティとインクルージョン(包摂)は、トップの大学として社会から負託された責任であり、また必要な戦略なんだというコンセンサスを全学から得る必要があります。そのために、まずは意識改革から手を付けていかないといけない。これは東大のレボリューション。大きな仕事だと思います」

出典:東京大学の概要


「女性にとっての東大」を考える

1877年に創立された東京大学。初めて女性が入学したのは約70年後の1946年でした。19人という少ない人数から始まり、その数は少しずつ増えてきましたが、少数派という状況は今日まで変わっていません。

この「男性の大学」という東大のイメージ。それが長らく肯定的に捉えられてきたのではないか、と林先生は話します。「東大に入学するということは、官僚を代表とする立身出世につながり、ステータスシンボルになってきた。そのように思ってもらえるのは大学としてはありがたいことですが、それは社会の片側、男性の社会についてだけです」

女性にとって東大に入るとはどういうことかと考えてみると、どこかでポジティブなものになっていない、と指摘する林先生。「今まで東京大学は日本人の男性に教育を施すという視点が既定値になってきた」と話し、続けて、「女性は東大にどこまで歓迎されてきたか。女性と東大の関係はより複雑で、その原因は大学側にもあるということを深く反省しなくてはならないと思います。ダイバーシティとインクルージョンを大学のビジョンにする以上、こうした日本人男性中心の歴史とともにある現在について、真剣に考えていく場が必要です。そして、この問いは、LGBTや、障がいのある学生、留学生などにとっても同じことがいえるでしょう」と述べます。

「構造的抑圧」という言葉を理解する必要があると林理事はいいます。長い歴史の中、圧倒的多数を男性が占めてきた環境では、意図しなくてもその他の少数派が周縁化され、抑え込まれてしまいます。研究は競争の世界なので、どんな人も自由に意見を言い、切磋琢磨していかないと高め合うことはできないのだと説明し、「だれもが同じスタートラインについて成長してゆける大学を目指していかなくてはいけない」 と語ります。

女性の学生、研究者への支援

女性がマイノリティであり続けている状況に、東大は手をこまねいてきたわけではなく、2006年に男女共同参画室を立ち上げ、様々な取り組みを行ってきました。女性学生への家賃支援、現役女性学生による母校訪問、トイレなどの整備、そしてポジティブ・アクションとしての女性研究者支援。これらのプログラムの効果が少しずつ表れてきていますが、まだまだやることはある、と林先生は話します。

その一つが現役の女性学生をはじめ、マイノリティの学生たちへの支援強化です。キャンパスには極端に女性が少ないことから、女性特有の悩みがあっても相談できる人が周りにいなかったり、寂しかったりという声が聞こえています。性的マイノリティの学生たちも孤立しています。そしてなにより、マジョリティの男性学生には意識改革のトレーニングをしていただきたい、と林先生は述べます。そうした男性、女性を含めた次世代の学生たちへの包括的な教育、ケア、ネットワーキングの強化を実施する「次世代育成部会」を、男女共同参画室内につくることを計画しています。現在、設置のためのワーキングループを立ち上げました。

このほか、学生にダイバーシティやインクルージョンについて理解してもらうため、学部の1、2年生を対象にした啓発動画コンテンツを現在準備しています。さらに、キャンパスの現状を把握するため、学生、教職員を対象に「ダイバーシティに関する意識と実態調査」を昨年12月から今年1月に行い、集まった回答を現在分析しています。

ダイバーシティ・国際担当理事として林先生が目指すのは、東大を誰もが心地よく研究でき、教育を受けられる場にすることです。そのために、男女共同参画室、バリアフリー支援室国際化教育支援室といったそれぞれの専門を持つ「室」に横串を通して、真にインクルーシブなキャンパスを考える包括的な場も作り、いろいろな先生方と話し合っていきたいと話します。

「とにかく、東大のキャンパスで、ジェンダーとかダイバーシティというテーマをメインストリーム化したいのです。これに取り組まないと研究者として偏っているよ、意識しないとだめだよという規範意識を皆さんに持ってもらうために。それが私の役割であり、目標です」

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