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地球環境危機を救う社会・経済システムの構築 ―― グローバル・コモンズ・センター設立から1年、ダイレクター
石井菜穂子理事に聞く

掲載日:2021年8月2日

© Anton Balazh / Adobe stock

世界中で観測されている、極端な気象や砂漠化、生物多様性の喪失。人間の経済活動による地球環境への負担が、その限界を越えつつあります。科学者たちは、持続可能な道筋を見つけるために残された猶予はあと10年で、そこを超えると制御不能になると警告しています。この地球環境問題を解決する一端を担おうと、東京大学は2020年8月にグローバル・コモンズ・センター(CGC) を設立しました。それから一年。これまでの活動や今後について、CGCダイレクターの石井菜穂子理事に話を聞きました。

―― グローバル・コモンズ・センター設立の目的は何ですか?  

これまでの経済発展のあり方を続けていたら、私達の経済を支えている地球環境の安定を壊してしまう、というところが出発点だと思います。これまでは、地球は広く大きく、人間が何をやっても地球環境が痛むことはない、という大前提がありました。でも最近人間の力が強くなりすぎて、地球の容量を超えつつある、地球の安定性を損ないつつあります。そこを変えるためには、私達の経済社会のあり方を変えていかないといけません。ではどのように社会・経済システムを変えられるのか、ということを考えようと設立したのがこのグローバル・コモンズ・センターです。

2020年7月まで、地球環境ファシリティー(GEF)の最高経営責任者として、世界で環境問題に取り組んできた石井菜穂子理事。活動のなかで感じたのは、「日本の声が非常に聞こえにくい」ことだったと振り返ります。今後は日本の取り組みを、もっと国際社会に届くようにしていきたい、と話します。

―― CGCの名前にも使われている「グローバル・コモンズ」は、何を指しますか?

我々を支えている、安定的でレジリアント(回復可能)な、地球システムそのもの(※1)を指しています。このグローバル・コモンズをどうやったら皆で守るという仕組みを作れるのか、というのがCGCの出発点です。

―― 具体的には、どのようなことを行なっていくのでしょうか?

どうやってグローバル・コモンズの責任ある管理をやっていくのか、という体系を打ち出すことです。それと同時にそのシステムを実装していこうと考えています。

この体系を作るときにいくつか重要な構成要素がありますが、一番の骨格になるのは、そのシステムモデリングだと思います。エネルギー分野をはじめ経済全体の脱炭素に加えて、食料システムはどう変えていくのか。都市での住まい方、あるいは経済システム全体のサーキュラリティ(循環)をどう高めていくか。そういったいろんなシステムをどう変えるか、ということです。

目標は、2050年にどうやったらプラネタリー・バウンダリー(地球環境の安定を保てる限界値)を飛び越えずに、持続可能な経済成長ができるのか。これはとても大きく難しいお題です。

―― 様々な機関と連携されていますが、大学だからこそできる役割のようなものはありますか?

グローバル・コモンズを守らないといけない、と考えている人はたくさんいます。産業界、研究者、市民団体や政策担当者など。そういう多分野の人が集まって一緒に何かをやろう、協働体のようなものを作ろうという時に、事務局は誰がやるのか、という話だと思います。

日本の場合は社会の構造が縦割りで、なかなか横連携がしにくいという社会の成り立ちがあるので、異業種・異分野の人をまとめて一つの協働体を作るときに、大学なら比較的中立的な立場で、信頼も「学」という無形の資産のようなものもあります。それらをうまく活用することによって、産業界や学術界、そして市民団体の人にも集まってもらえるような協働体ができるのではないか、そういった大学の機能に注目しました。

―― 企業との連携では、CGCと三菱ケミカルとの共同研究の発表が4月にあり、この6月には三菱UFJファイナンシャルグループ(MUFG)とも連携しました。

持続可能な社会をもたらすための、化学産業の役割を真剣に考えよう、というのが三菱ケミカルとの共同研究のテーマです。例えば、三菱ケミカルの場合はナフサ(粗製ガソリン)などを使ってプラスチックを作っています。それをどうやったら自分だけではなく、自分が作ったものを使う人たちにとってより持続可能的な商品にできるのか、ということを考える素材産業としての役割はとても大きいと思っています。そこにどのような道筋がありうるのか、ということを研究していきます。

また、産業全体に大きな影響力のある金融業界の動向は、地球環境問題の解決に極めて重要な意味をもちます。日本最大の金融グループのひとつであるMUFGと連携することで、日本の脱炭素化をはじめシステム転換を進める大きな力を頂けたと考えています。

2020年12月に公表されたグローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックス(パイロット版)。合計50カ国を対象に、グローバル・コモンズを構成する主要な6つの要素(大気、生物多様性、気候変動、土地利用、海洋、水)に対する各国の貢献度を計測したものです。この表では、各国の総合評価、国内の環境への影響、国際的な波及効果(商品やサービスの取引による越境的な影響)を示しています。最高評価(AAA)、また2番目に高い評価(AA)を得た国はありませんでした。日本は、国内評価はBBですが、海外効果についてはCCCという最低評価でした。報告書の全文はこちらからご覧いただけます: https://www.tokyoforum.tc.u-tokyo.ac.jp/content/000003330.pdf (PDF)
SDSN, Yale Center for Environmental Law & Policy, and Center for Global Commons at the University of Tokyo. 2020. Pilot Global Commons Stewardship Index. Paris; New Haven, CT; and Tokyo.

―― これまでの成果物に2020年12月に公表した、グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックス (GCSi) のパイロット版があります。この指標の目的は何でしょうか?

気候変動や生物多様性、海洋などの六つのグローバル・コモンズの構成要素について、それぞれの国がどの分野でどのくらいポジティブに貢献している、あるいはネガティブに環境負荷を与えている、というものを計測したのがこのインデックスです。まずはデータが取りやすい50カ国──これはOECD加盟国、G20、あとは人口が多い5ヶ国ですが──この国々について、通信簿の形にして示しました。

やはり、国ごとにみんなで議論をして、お互いを啓蒙や啓発、あるいはお互いから学べるような活動ができるといいなと思っています。また、投資家が見た時にこの国のこういう分野は投資がしやすい、といった判断材料になっていくといいなと思います。

GCSiは毎年公表していく予定で、今年12月にまた東京フォーラムがあると思うので、そこを目指して日々改善している最中です。

―― 人材育成については、どのようなことを想定されていますか?

同じような思いを持つ未来ビジョン研究センターの先生や、サスティナビリティについて研究してきた先生がたと一緒になって、グローバルコモンズについて考えるような教育プログラムがどのようにできるのか、きちんとしたカリキュラムを作ったらどうか、という話を今進めています。なるべく早いタイミングに始めたいと思っていて、学部の1年生を対象にしたコースのコンテンツなどを作っているところです。

―― 1年間活動してきて気づいた難しさなどはありますか?

どうやったらグローバル・コモンズをスチュワードできるのか、というのはものすごく大きな課題で、簡単にできるとは思っていなかったので想定内ではあります。

非常にラッキーだったと思うのは、ちょうど機が熟してきていることですね。世界では「あと10年しかない」という声が、非常に強く聞こえるようになってきています。日本でも去年は2050年までのネットゼロ(※2)を表明し、今年は、2030年にその半分を達成するという高い目標を目指すということを掲げ、すごく機が熟してきています。そういうなかで、いろんな人たちが何かしたいと場所を探し求め始めた、という意味ではCGCがお役に立てる、あるいはそこに意味を見いだしてくれる人たちが増えてきているかな、という感じがします。

ただ、まだ存在もそんなに広く知られていませんし、いろんな成果を出して初めて知られていくと思います。いろいろなことがこれからだろうと思っています。

―― 今後の予定は?

ポツダム気候影響研究所や、持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN) などと進めているGCSiや、世界資源研究所(WRI)と実際にどのようにシステム・トランスフォーメーション(転換)出来るのか、という実装などを行なっています。その全体をまとめた、グローバル・コモンズ・スチュワードシップのフレームワークペーパーのようなものを、秋までに──11月に開催されるCOP26の前に──発表したいと思っています。12月の東京フォーラムでは、そうした活動をまとめた形で、議論を巻き起こしていきたいと思っています。

※1 生物多様性、気候、森林、海洋、大地やそこを巡る物質やエネルギーなど様々な地球上のプロセスの総体

※2 排出量から吸収量を引いた合計をゼロにする

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