寮日誌が喚起した映像と言葉で迫る一高生のアイデンティティ/小手川将さん
カンヌやベルリンでやっているものとは違う、大学ならではの映画祭です。用意したのは、映画監督と研究者の対談、映画研究者4人による研究紹介、映画人として活躍する卒業生紹介、研究者12人が薦める映画作品集……。映画と大学の掛け算の成果をご覧ください。3、2、1、アクション!
淡青色の映画人 3 |
寮日誌から喚起された映像と言葉で迫る一高生のアイデンティティ
今春、『籠城』というタイトルの映画が公開されました。教養学部の前身、旧制第一高等学校(一高)の寮で営まれてきた特色ある共同生活の姿を様々な資料から浮かび上がらせる一作。東京大学が北京大学と共同運営する東アジア藝文書院(EAA)が進めてきた「一高プロジェクト」の一環で、大学院生の小手川さんが監督を務めました。
「EAA駒場オフィスがある101号館は一高時代に中国人留学生の学び舎でした。関連資料の調査が行われ、その成果を展示する予定でしたが、コロナ禍で学内展示しか叶いませんでした。映像ならオンラインで多くの人に見てもらえるかも、と始まったのがこの企画です。学生スタッフの募集を知り、映像制作に携わりたいと思って応募しました」
青山学院大学時代に小林康夫先生の授業で短編映画を撮ったことがある小手川さんですが、一高のことはほぼ初耳。資料を読み込んでみて初めて、本郷からの移転、全員入寮の原則、育まれてきた自治の伝統を知りました。なかでも興味深かったのは寮日誌です。
「最近の寮生はたるんでいる、生活への情熱が足りない、食堂の使い方が悪い……。自治委員会の議論の様子がこと細かに綴られていて、事務文書のような資料とは違い、当時の学生たちのいきいきした姿が伝わります。これなら映画になりそうだと思いました」
総合文化研究科でロシア映画を研究する小手川さんが選んだのは、ドキュメンタリーとフィクションを融合させるスタイル。画面の多くを占めるのは資料を撮った映像ですが、一高を研究する大学院生の「わたし」を登場させることで物語的な効果も持たせたのには、アレクサンドル・ソクーロフ監督の影響もあるとか。そして、構想を進めるにあたって特に注目したのは、言葉でした。
「一高の生徒たちは、寮日誌などの記録を繙き、書かれた言葉から滲み出る「一高精神」に照らして反省し、自らの生活を書き継ぎました。受け継いできた言葉を個別の事例にあてはめて行動し、記録し、また参照するという循環の回路が一高のアイデンティティを形成してきたと思います」
資料の内容を伝える説明的な声、「わたし」による内省の声、それにツッコミを入れる他者の声など、複数の役割の言葉を、学生を中心とする声の出演者たちに発してもらい、一高生たちの声が現代人に身近に響くことを目指した小手川監督。今後、学内公開を経て、国際映画祭への出品、北京大学など内外の大学での上映会を実施する予定です。よくも悪くも一高を象徴する言葉がタイトルですが、作品は外の世界に出ることを志しています。
『籠城』
プロデューサーの髙山花子EAA特任助教のほか、3名のEAAリサーチ・アシスタント(小手川さん、共同脚本の高原智史さん、記録の日隈脩一郎さん)を主要メンバーとして制作された本作。作曲家の久保田翠さんによる「嗚呼玉杯」「新墾」などの一高寮歌をアレンジした音楽や、寮から各施設へ通じていた地下道で撮影したラストにも注目です。